キャリア開発の施策で思ったような効果が出ず、悩んでいる――。そんな声を最近よく耳にします。
実際、経済や社会が目まぐるしく変動している今、社員に習得させるべきスキルや知識も日々変化しています。こうした先読みのできない時代に適したキャリア開発の手法とは、一体どのようなものなのでしょうか。
そこで今回は、キャリア論の第一人者である田中研之輔教授(法政大学)に、今求められているキャリア開発の施策について聞きました。田中教授いわく、「組織依存型キャリアからの脱却」「自律型のキャリア形成」がキーワードとのこと。詳しい人材育成の方法もじっくりと紹介します。ちなみに本稿は「そもそもキャリア開発とは」「キャリア開発の現状とは」から解説する【特別版】でお届けしますので、ぜひ最後までお付き合いください。
キャリア開発とは、社員の職業能力を伸ばせるよう中長期的に計画を立てて支援することです。キャリアとは一般に職業上の経験・経歴・能力を意味し、時間的に継続性を持った概念(※)だといわれています。そのため、職業上で必要なスキルや知識を、"継続的に"磨いていくことがキャリア開発の重要なポイントと言えるでしょう。ちなみにキャリア開発の手法は、社員の適性や目指すべき方向性によって異なります。だからこそ、組織内での役割や本人の強み、キャリアビジョンを考慮したうえで、一人ひとりに最適な施策を考えることが大切です。キャリア開発の概要については「【保存版】キャリア開発とは?必要性・手法・メリットを一挙紹介!」で解説しております。
※参考:「キャリア形成を支援する労働市場政策研究会」報告書について|厚生労働省
社員のキャリア開発を行うことで、企業にどんなメリットがあるのでしょうか。時代背景も踏まえて解説します。
近年は先読みの難しい社会情勢になっていることもあり、外部環境の変化を敏感にとらえながら自律的に行動して成果を出せる「自律型人材」が求められています。こうした自律型人材の育成につながることも、キャリア開発のメリットです。というのも、キャリア開発では組織内での期待・役割を本人に伝えたうえで、必要な能力を伸ばします。そのため、「企業や上司から何を求められているのか」「組織で活躍するにはどうすればよいか」を社員に考えさせる機会にもなるのです。結果として社員の判断力を養い、自律的な行動を促せるようになります。自律型人材については「自律型人材を育てるには、"組織内キャリア"を脱却せよ」田中研之輔教授の語るCX論とは?【動画つき】」で詳しく解説しております。
最近は少子高齢化の影響から、あらゆる業界で人手不足が叫ばれています。人手不足を解消するためには、一人ひとりの生産性を高めることが必要です。そして、人材開発によって社員の能力を高めれば、モチベーションやパフォーマンスの向上も期待できます。結果として、組織全体が活性化し、生産性の向上にもつながるでしょう。
エンゲージメントとは、社員の企業に対する愛着や思い入れを意味します。近年はテレワークの浸透によって組織への帰属感が薄まり、社員のエンゲージメント低下につながってしまう企業も少なくありません。しかし、キャリア開発によってエンゲージメント向上を図ることは可能です。というのも、キャリア開発を手厚く行うことは、社員から見れば「自分を大切にしてくれている」「キャリアの実現を支えてくれている」という印象につながります。また、さまざまな施策を通じて、社員一人ひとりが自社内での明確なキャリア展望を持てるようになるというのも大きな効果です。結果として社員の愛社心や帰属意識を高めやすくなり、前向きな行動を促せるようになるでしょう。
その他のエンゲージメント向上施策については、「従業員エンゲージメントを向上させるには?"7つ"の効果的な施策を解説!」をご覧ください。
終身雇用の崩壊が叫ばれて以降、人材の流動化が活発になり、なかには慢性的な人材流出で苦しむ企業もあります。キャリア開発を充実したものにすることで、優秀な人材の獲得や定着につながりやすくなるでしょう。なぜならキャリア開発を行うことで、社員の能力を継続的に高め、キャリアビジョンの実現を支援しやすくなるからです。社員にとっては「自社にいれば理想のキャリアをかなえられる」という実感を得られるため、優秀な人材の定着化につながる可能性も高いです。また、社員のキャリアを手厚く支える会社は、求職者からの印象も当然良くなります。結果として優秀な人材の確保にもつながりやすくなり、人手不足の解消も図りやすくなるでしょう。
各企業ではどのようなキャリア開発の施策が導入され、どれくらいの効果につながっているのでしょうか。
ここでは、調査データを参照しながら、キャリア開発の現状と課題について解説します。
企業で最も多く行われている施策は、何でしょうか。独立行政法人 労働政策研究・研修機構の調査(※)によれば、最も多く実施されているキャリア形成のための人事制度は「自己啓発支援」(26.1%)でした。以降は「自己申告制度」(24.2%)、「目標管理制度」(23.9%)、「キャリア研修」(19.8%)が続きます。上位の施策を見ると、社員の自己学習を促したり、社員の希望に基づく異動・配置を行ったりと、社員の自律を促す制度が多く導入されています。
※参考:人生100年時代のキャリア形成と雇用管理の課題に関する調査|独立行政法人 労働政策研究・研修機構(PDF)p11
効果の高い施策についても、気になるところです。同じく独立行政法人 労働政策研究・研修機構の調査(※)によれば、年代によって効果の出ている施策は異なります。まず39歳までの若年層では「メンター制度」の効果が最も高く、「自己啓発支援」「自己申告制度」「キャリア研修」が同率で次点という結果でした。40~59歳では、「自己啓発支援」「目標管理制度」「キャリア研修」「キャリア面談」が同率でトップです。また、60歳以上のシニア層ではすべての施策において効果が薄いのですが、なかでも最も効果が高かったのは「社会貢献参加」でした。
※参考:人生100年時代のキャリア形成と雇用管理の課題に関する調査|独立行政法人 労働政策研究・研修機構(PDF)p14
キャリア開発の施策で効果が出ない理由を、社員側の目線で見てみましょう。マンパワーグループの調査(※)によれば、現行の教育・研修について「満足」と答えた割合が9.8%、「不満」と答えた割合が26.8%と不満寄りの傾向にあります。満足していない理由について回答を求めると、「研修の内容が古臭く、今の世の中の風潮に合っていない」「研修の実施回数が少なすぎる」「長い時間拘束される割には、あまり役立たないディスカッションが行われる」などの意見が出ました。こうした声を踏まえれば、研修をはじめとする施策は毎年同じ内容を使いまわすのではなく、時代の変化や社員のキャリアビジョンに合わせて柔軟に改善する必要があるでしょう。
※参考:正社員の半数が自社の教育・研修制度に不満。必要とされる教育・研修制度とは?|マンパワーグループ
それでは、社員の求めているキャリア開発の教育・研修とはどのような内容でしょうか。同じくマンパワーグループの調査(※)によれば、一般社員向けに行っている教育・研修制度についての必要性を聞いたところ「必要」「どちらかといえば必要」と答えた割合が最も高かったのは、「コンプライアンス研修」(97.9%)でした。以降は「マネジメント研修」(92.9%)、「新入社員研修」(91.3%)が続きます。「コンプライアンス研修」が最も社員から必要とされていた背景には、SNSへの書き込みや情報漏えいなどのコンプライアンス問題が続出していることがありそうです。時代のニーズをとらえた研修の必要性がうかがえます。
※参考:正社員の半数が自社の教育・研修制度に不満。必要とされる教育・研修制度とは?|マンパワーグループ
企業が実施すべきキャリア開発の手法には、どのようなものがあるのでしょうか。
ここでは、大きく5つの施策について解説します。
社内外の研修を活用し、社員の意識改革を行うのも効果的な手法です。研修を行うことで、社員に一度実務を離れてもらい、じっくりと自身のキャリアについて内省をしてもらうことができるでしょう。研修の一例として、キャリアデザイン研修があります。キャリアデザイン研修では、自身のやりたいこと(WILL)、強み(CAN)、周囲からの期待・役割(MUST)を踏まえたうえで、社員に細かなキャリア設計を促すことが可能です。キャリア展望を明確にさせることで社員の動機づけを図ることができ、モチベーション高く業務に取り組んでもらえるでしょう。また、「コンプライアンス研修」や「マネジメント研修」など、社員の必要としている研修を適宜実施することも重要です。キャリアデザイン研修については「キャリアデザイン研修の効果とは?効果を最大化させる4つのポイント」で詳しく解説しています。
上司や人事が社員と定期的に面談を行い、キャリアについて相談に乗る「キャリア面談」も代表的な手法です。キャリア面談は、日々の1on1ミーティングとは別に実施し、キャリアプランの振り返りや進捗の確認、今後に向けた課題と解決策の検討などを行います。次の一歩に向けて重要な気づきを与えてあげることで、社員により前向きに業務に取り組んでもらえるでしょう。また、社内外のキャリアコンサルタント、または上司が部下の相談に乗り、キャリアプランを定期的に策定・見直しする取り組みを「セルフ・キャリアドック」と言います。社外のキャリアコンサルタントを活用することで、社員が社内のしがらみに関係なく本音で話せるのもメリットです。
せっかく社員にキャリアプランを立ててもらっても、ずっと同じ部署にしかいられないのでは意味がありません。そのため、社員の希望に沿って柔軟に部署・業務を変更できるような異動制度を設けることも有効な施策です。例えば、各部署が必要な人材像を提示したうえで社員が応募する「社内公募制度」、社員が希望部署に自分の経歴・強みを売り込める「社内FA制度」、社員が希望部署・業務を申告する「自己申告制度」などがあります。もちろん、社員の希望を100%かなえることは難しいですが、本人の希望に沿った配置にすることでよりモチベーションの向上が期待できるでしょう。また、社内の流動化によって適材適所を図れるのも企業にとっての利点です。
本業以外の業務を認める「副業・兼業」も、キャリア開発の有効な手法です。特にミドル・シニア層は、社内での昇進に限界を感じ、停滞期(キャリアプラトー)に陥る人材も少なくありません。そのため、一度「社外」の業務に参加してもらい、刺激を受けてもらうことも重要なのです。社外で仕事の楽しさを取り戻してもらうという意味では、社会活動への参加を促したり、大学や民間のスクールでのリカレント教育(学び直し)を勧めたりするのもひとつの方策でしょう。社外で学んだことを社内で生かしてもらうことで、社員に一層の活躍を促せます。
前述の独立行政法人 労働政策研究・研修機構の調査で高い効果が見られたのが、自己啓発支援です。業務外での自主的な学びを促すことで、社員の自律性を育めます。しかし、ただ「自己研さんしましょう」とメッセージを発信するだけでは、「会社からやらされている」という印象を社員に与えかねません。そのため、企業として手厚い支援を行うことも大切です。例えば、参考書の購入費用や資格スクールの学費を一部支給したり(金銭の支援)、会議室を開放して勉強会や自習用に使用を認めたり(場所の支援)という施策が挙げられます。また、人事側から自己学習に生かせるような情報を提供する(情報の支援)のも重要です。会社として本気で支援する姿勢が伝われば、社員に行動を促しやすくなります。
ここまでは、キャリア開発の必要性や施策について紹介してきました。ここからは、先日行われた田中研之輔教授の特別セミナー『変化対応力とキャリア自律』より、「キャリア開発における3つの課題と解決策」「キャリア開発における階層別の施策」などについて抜粋して紹介します。New Normal時代を迎え、先読みのできない社会情勢になった今だからこそ実行すべきキャリア開発の施策とは、何なのでしょうか。
今までは終身雇用制度のもと、社内での昇進・昇給を目指す「組織内キャリア」が一般的とされてきました。ですが、今は経済の低迷や新型コロナウイルスの流行によって終身雇用が制度疲労を起こしてしまっています。結果として、組織内キャリアでは社員が将来の展望を描けなくなったり、生産性を落としたりという問題が起こっているのです。実際に組織内キャリアに限界が来ている企業を、田中教授自身も目の当たりにしています。
――「日本のキャリア開発には3つの課題がある」と田中教授は語ります。一体どのような課題なのでしょうか。
ファーストキャリア形成期(若年層)は、漠然と将来への不安を感じることが多いです。特に新型コロナウイルスの流行ですべてがオンラインになった今、上司や同僚と接する機会も少なくなりました。その結果、「給料はもらっているけど組織に属している感覚がない」「社内でどうキャリアを築けばいいか分からない」と感じてしまう社員も出てきています。若手社員のエンゲージメントが低くなっているのは、大きな課題と言えるでしょう。
40~55歳のミドル・シニアは、組織内のキャリアに依存してしまう傾向にあります。「組織に身を任せて、目の前の仕事をなんとなくこなす」「若いころの情熱を失い、挑戦したいという意欲が湧かない」という人も珍しくありません。また、ミドル・シニアは特に組織内での昇格に限界を感じ、高台(プラトー)に乗り上げてしまう人もいます。このような「キャリアプラトー」に陥ると、モチベーションも大きく低下してしまいかねません。
ミドル・シニア人材がモチベーション低下に陥る原因や活性化の方法について、お役立ち資料にて詳しく解説しています。
お役立ち資料:ミドルシニアはなぜキャリアに停滞感を覚えるのか?
ポストオフ(役職定年)後のモチベーション低下も、大きな課題です。役職を退くことで部下がいなくなったり、仕事のスケール感が小さくなったりします。その結果、「これまでのキャリアは一体何だったのだろう」と感じ、急激に意欲が下がる人もいるのです。こうした社員には形式的に研修を行っても、あまり効果が見られません。
すべての年代に共通しているのは、「キャリア自律型」への移行が必要であるということです。組織内のキャリアにとらわれず、自らキャリアを選択し、学習できる人材を企業として増やしていく必要があります。よく誤解されるのですが、キャリア自律に「遅すぎる」ということはありません。キャリア自律は年代や性別、職位に関係なく可能です。だからこそ、キャリア開発においてもキャリア自律に向けた施策を取り入れるべきでしょう。
――田中教授いわく、先ほどの「3つの課題」にはそれぞれ最適な解決策があるのだそうです。階層別のキャリア開発施策とは、どのようなものなのでしょうか。
逆説的ではありますが、ファーストキャリアに対しては「社内」でのキャリア研修を徹底的に行うことをおすすめします。というのも、ファーストキャリアの問題点は、社内でのヒエラルキーやキャリア展望が見えていないことです。しかも、若年層はSNSをよく活用する世代なので、他社の情報が入ってきやすく「隣の芝は青く見える」という状態に陥りかねません。そのため、まずは「社内に囲う」ことが重要だと考えています。例えば、キャリアデザイン研修を実施して、「社内でどんなキャリアを描けるか」を示してあげることが大切でしょう。
ミドル・シニアは、社内でのキャリアに行き詰まりを感じ、現状に安住し始めてしまう世代です。だからこそ、あえて「社外」で越境学習をすることにより刺激を受け、さまざまな学びを得てもらうことが有効でしょう。具体的な施策としては......
※この続きは、下記の動画よりご覧いただけます。無料で視聴可能ですので、ぜひお気軽にご活用ください。
キャリア開発の手法は、企業の現状によって異なります。そのため、まずは自社の経営課題を明確にしてから、育成手法を策定することが大切です。当社では、育成手法の見直しから最適な施策の提案までトータルにご支援しています。例えば、年代別のキャリアデザイン研修やローパフォーマーの再活性化研修をはじめ豊富な研修のなかから、最適な施策の提案が可能です。キャリア開発の課題にお悩みの際には、ぜひお気軽にご相談ください。