私は日頃、キャリアデザイン研修のファシリテーターとして、様々な企業にお伺いしています。ここ数年では入社3年目から30歳前後の若手社員を対象としたキャリアデザイン研修のご依頼が増えてきました。研修では、彼らに対して集合形式やオンライン形式で自身のWill(価値観)、Can(強み)、Must(期待役割)について振り返り、将来のありたい姿(キャリアビジョン)を言語化し、それを実現するアクションプランを策定するワークショップを実施しています。
今回は、実際に研修で直面し、感じている若手社員の成長課題について論じたいと思います。
昨今、「タイパ(タイムパフォーマンス)」を重視する若手社員が増えています。必要な情報をできるだけ短時間に得るため、彼らは動画を1.5~2倍速で視聴し、興味のある情報だけを選択し、無駄に感じるものは徹底的にそぎ落とします。そして効率的に自分のメリットを得たい。そのような意識が強いように感じます。
この意識と親和性が高いのが「アルゴリズム」です。SNSやポータルサイトに表示される投稿や記事は、検索やクリックを重ねることで自分自身が求めているトピックや似通った意見が優先して表示されますので、日々同じようなテーマの記事ばかりを読んでいるということになります。
私が研修の時、若手社員に必ず聞いているのが、「新聞を定期購読し毎日読んでいるか」です。25年以上前、内定者研修で新聞の読み方を学び、気になった記事をクリップして自身の意見を要約して人事部に定期的に報告していた私からすると、新聞を読まずして満足のいく仕事ができるのだろうか?とさえ思ってしまうのですが、実際に挙手する若手社員は圧倒的に少なく、平均で1~2割、多い時で4割、少ないとゼロです。彼らに「では、どのように情報収集しているのか」と尋ねると、ウェブ検索、SNS、ポータルサイトという答えが返ってきます。
このことは、政治、経済、社会情勢について広く情報収集するチャネルを有していないということになります。これが何を意味するのか。
新聞では日々起こっている事象のみならず、識者のコラム、企業事例、経営計画、人それぞれのキャリアなど、あらゆるテーマの記事に触れる機会があります。しかし、このような幅広いジャンル、テーマのインプットが得られなければ、大局的な見地に立って物事を俯瞰することが難しくなります。
ビジネスの成長には「仮説を立てる」力が必要であり、その仮説を裏付けるのは幅広く深い知識です。知識が無ければ仮説に説得力を持たせられず、社内外の利害関係者を納得させることは難しいでしょう。多くのインプットにより多角的な視点を得る重要性を理解してもらうためには、周囲の先輩や上司がいろいろな視座から物事を見て問いを立て、実際に情報収集によってどのようなアウトプットが出せるのか手本を示すことが、最も効果的な教育になるのではないでしょうか。
今の若手社員は、ミドルシニア世代と比べても成長意欲がとりわけ高いのが特徴です。弊社では退職が決まった社員に対してインタビューを行い退職理由を分析する事業「退職者インタビュー」を行っていますが、そこで見えてくる若手社員の退職理由で最も多いのは「成長できない」です。「この職場では一通り学べることを学んでしまった」「日々同じ業務の繰り返しでスキルが身につかない」「数年上の先輩を見ていると、自分とやっている仕事に大差がない」などの理由で辞めていくのです。
社内にどのようなキャリアの可能性があるのか、今のポジションから広がる学習機会はないのか、を十分に検討した結果、離職を選択するのであれば、それはやむを得ないかもしれません。でも、こういった「いま、ここ」から何ができるか深く考えずに安易に社外を選択してしまうケースが多いように感じます。
その背景には、学習習慣が身についていない、または不十分であることがあります。キャリアデザイン研修で「業務外で何か自己研鑽をしているか」と問うと、多くの若手社員は回答に窮してしまいます。取り組んでいないのです。新聞や書籍から知識を得るだけでなく、資格の勉強をする、社外の勉強会に行く、人脈を広げる等その選択肢はいろいろ考え得ると思いますが、それらを取り組まずして限られた情報や知見の範囲内で自己判断してしまっていると感じます。
最近は多くの企業で自由選択式のeラーニングを社員に提供していますが、人事担当者に伺うとその利用率は数パーセントに留まっているといった話をよく聞きます。これも学習意欲が高まっていないことの現れではないでしょうか。「成長したい」のであれば、「どのような自分になりたいのか」「何が出来るようになりたいのか」「そのために何をしたら良いのか」を若手社員には考えさせ、実行を促すことが求められていると思います。
コロナ禍の3年余りの期間は、働く人々に大きな影響を与えました。特にこの期間に学生生活を送り、社会人になった方々は、対面での密なコミュニケーションが出来ずに満足のいく社会人経験ができないという、とても厳しい時期を過ごしてきました。社会人になったのに十分なトレーニングが受けられない、ましてや上司、同僚、同期との雑談もままならない、そういった環境に長らく身を置いてきたわけです。最低限のコミュニケーションはメールやチャットツールで行えるものの、自分が思っていること、気になっていること、悩んでいること等を面と向かって話す機会が大幅に減少し、結果として自己の考えを言語化する実体験が不足してしまったのです。
実際に研修で4~5人のグループに分かれてディスカッションを行うと、お互いに沈黙してしまうケースが珍しくありません。「何を話したらよいのか」を思案しても適切な言葉が出てこない、という沈黙に陥ってしまうのです。
これは「自信が無い」という深層心理が働いています。「何か間違ったことを言ってしまったらどうしよう」「自分でよく理解していないことを言うわけにはいかない」「自分だけ目立ちたくない」と思っているのです。間違っても良い、先ずは何を思っているのかを発言してみることを彼らに促し、経験を積んでもらうことが大切ではないでしょうか。
以上、若手社員の成長課題を「情報収集チャネルの偏り」「高い成長意欲、低い学習習慣」「自身の考えを言語化する力が弱い」の3点に絞ってお伝えしました。いつの時代も課題のない若手社員はいませんが、これらの課題解決につながる取り組みとして以下2点提示させて頂きます。
日本能率協会マネジメントセンターの「イマドキ新入社員の仕事に対する意識調査2022」によると、上司や先輩から興味をもってもらえるのは嬉しいとした割合が6割を超える一方、仕事で行き詰っているときは自分から相談するのではなく、上司、先輩がそれを察して話しかけて欲しいとする割合が半数を超えます。つまり「声を掛けてもらえるのを待っている」のです。
その是非はさておき、若手社員の周囲にいる先輩や上司が声を掛け、雑談しやすい雰囲気を作り、何でも話せる関係を構築することは、心理的安全性を高め、若手社員が「話してみようかな」という気持ちを持つきっかけになると思います。そして、出来ていること、出来ていないことについて、事実を正確にフィードバックすることで、若手社員が自分の弱みや成長課題、自分自身に足りないことを認識するきっかけになります。さらに、「あなたはどう思いますか?」という問いかけを通じて、若手社員に自分の考えを言語化させることが大切です。相手の考えを引き出し、その実現に向けたサポートをしていくコーチングのアプローチが有効です。
自分がどのような価値観を持ち、何を成し遂げたいと考えているのか、それにはどのような課題があって、どう克服していきたいのか。このようなテーマの会話をする機会は、日々の業務に忙殺される中ではなかなか得られません。しかし、こうした自己理解を深める会話をすることで、自己の考えを再認識する機会を設けることにより、成長の道筋を自ら見出すことが可能となります。
これを実現する方法の一つが、キャリアデザイン研修です。1日でもいいので業務を離れ、グループワークを通じてお互いが日頃思っていることを伝え合う中で、同世代の他の社員がどのようなキャリアを目指しているのかを知り、多様なキャリアの方向性があることに気づくきっかけとなります。「こういった考え方もあるのか」「こういう仕事も面白そうだな」「それなら自分にも出来そうだな」という気づきが、若手社員の自己効力感を高め、新たな行動の原動力となり得ます。
若手社員をどのように動機づけ成長軌道を描いてもらうかに関してお悩みでしたら、お気軽にご相談いただければ幸いです。
自動車部品商社勤務を経て、2002年2月よりマンパワー・ジャパン株式会社(現マンパワーグループ)にて、派遣社員のキャリアカウンセリング、面接トレーニング、転職支援に携わり、2008年より支店長として営業部門のマネジメントに従事。営業支援部門を経て、現在はキャリア開発を中心とした人材育成、組織人事コンサルティングに従事。
研修では、双方向のコミュニケーションを意識し、受講生に自ら発言して頂ける雰囲気づくりを得意とする。受講生のキャリアの棚卸のみならず、政治経済社会情勢がビジネス領域にどのような影響を与えるか、その環境変化の中で企業はどのように成長し続けているか、また社員に求められる期待役割は何かについて、受講生に気づきの機会を提供することに情熱を注いでいる。
「受講生が自らのありたい姿(キャリアゴール)を発見し、自信をもって前向きな第一歩を踏みせるように支援する」を自らのミッションステートメントとして、日々ファシリテーションの進化に努めている。