近年、働き方の多様化や従業員のエンゲージメントの重要性が高まる中、個人が主体的に自らの仕事を最適化し、やりがいを見出す「ジョブ・クラフティング」という概念が注目を集めています。従業員が日々の業務の中で小さな改善を積み重ねていくことで、個人のパフォーマンスが向上するだけでなく、自己肯定感や仕事へのエンゲージメントも高まり、結果として組織全体の生産性向上にもつながります。
ジョブ・クラフティングは基本的に個人が主導する活動ですが、人事担当者はこの取り組みを適切な環境整備や制度設計によって、支援することができます。
本記事では、ジョブ・クラフティングの定義や重要性が高まっている背景についてわかりやすく解説します。また、企業がジョブ・クラフティングの導入・実践する際のポイントも紹介しますので、ぜひ参考にしてみてください。
ジョブ・クラフティングは、従業員が自ら仕事の進め方や内容を工夫し、仕事に対する見方や考え方を積極的に変えていくことで、働きがいを高める取り組みです。単に与えられた業務をこなすのではなく、仕事の意味や方法を再構築することで、より意義深く、やりがいのあるものとして捉え直すことができます。
ジョブ・クラフティングには、仕事の幅を広げたり、職場の人間関係を変えたり、仕事の意義を捉え直したりすることが含まれます。例えば、業務の無駄を省いて効率化を図る、新しいスキルを身につけてキャリアアップを目指す、他部署と積極的に連携するなど、様々な形で実践できます。
ジョブ・クラフティングにより、仕事に対する誇りと責任感が芽生え、日々の業務により積極的に取り組むモチベーションとなり、組織のパフォーマンスも同時に高めることができます。人事担当者としては、この取り組みを支援することで、より活力ある職場づくりにつながることを期待できるでしょう。
ジョブ・クラフティングを促進する要因
ジョブ・クラフティングの成功には、個人の意識から職場の環境まで、様々な要因が絡み合っています。従業員の主体性を引き出し、組織の活力を高める3つの重要な促進要因について解説します。
個人の特性や考え方、マインドセットは、ジョブ・クラフティングの促進に大きく影響します。自身の能力は努力によって向上すると信じている成長志向のマインドセットを持つ従業員は、ジョブ・クラフティングに積極的である傾向が見られます。新しい挑戦を楽しみ、失敗を学びの機会と捉える人や高い自己肯定感や主体性を持つ個人も、自らの仕事を最適化しようとする傾向が強いです。
マインドセットについて詳しくは、「マインドセットとは?キャリア開発への影響や成長思考への転換方法を解説」をご覧ください。
仕事の裁量度は、ジョブ・クラフティングを促進させる要素です。業務の進め方や時間配分を自由に決められる環境では、従業員は自身の強みを活かした方法で仕事を再構築しやすくなります。ある程度の裁量権があることで、ジョブ・クラフティングが行いやすくなる傾向があります。
職場環境も、ジョブ・クラフティングの促進に重要な役割を果たします。上司や同僚からのサポートは、従業員の主体的な行動を後押しする大きな要因です。具体的には、新しいアイデアを歓迎する雰囲気や、失敗を恐れずに挑戦できる文化がある組織では、従業員が自身の考えや提案を自由に表現でき、結果としてジョブ・クラフティングが活発に行われるでしょう。
ジョブ・クラフティングの重要性が高まる背景には、働き方の多様化、従業員のエンゲージメントの重視、そして継続的なスキルアップの必要性があげられます。
リモートワークやハイブリットワークの普及により、従業員の働き方が多様化しています。同時に、技術革新やビジネス環境の変化により、組織と個人の両方に高い柔軟性が求められるようになりました。このような状況下で、ジョブ・クラフティングは従業員が自律的に役割を調整し、変化に適応するための効果的な手段として注目を集めています。
従業員のエンゲージメントの重要性が高まっています。エンゲージメントの高い従業員は、生産性や創造性が高く、組織への定着率も良い傾向があります。
しかし、組織主導の従来のアプローチだけではエンゲージメント向上に限界があり、向上のための手法として、ジョブ・クラフティングが有効です。自己決定感の向上、仕事の意義の再発見、スキルと挑戦のバランス、職場での関係性構築などを通じて、従業員のエンゲージメントを向上させ、結果として、組織の持続的な成功につながると期待されています。
急速な技術革新と市場の変化により、従業員の継続的なスキルアップが重要となっています。ジョブ・クラフティングは、従業員が主体的に学習機会を創出し、自身のラーナビリティを高め、キャリアを形成していく手段として注目されています。「ラーナビリティ」とは、新しい知識やスキルを素早く習得し、変化に適応する能力と意欲のことで、従業員の「Will(やりたいこと)」「Can(できること)」「Must(すべきこと)」の3つの要素を最大化し、その重なりを広げる上で重要です。ラーナビリティに関しては「Will Can Mustとは?3つにズレがある人材への企業の対処法」で紹介をしています。
従業員は、ジョブ・クラフティングを通じて自らの業務を再設計することで、新たな挑戦や学習の機会を生み出し、変化の激しい環境下でも持続的に価値を提供し続けることが可能となります。
ジョブ・クラフティングは、個人と組織の両方にさまざまな効果をもたらすアプローチです。個人と組織レベルの効果について解説します。
仕事への意欲と自信が高まり、より積極的に業務に取り組めるようになります。自ら仕事を最適化し、働きがいを高めることで、達成感と自己肯定感が高まり、内発的動機付けが強化されます。モチベーション向上に関しては、「【保存版】社員のモチベーションを向上させる"7つ"の方法・施策とは?」もあわせてご覧ください。
新たな能力の獲得や既存スキルの強化など、自己成長の機会が増加します。自ら設定した課題に取り組むことで、より効果的かつ主体的なスキル開発が可能になります。
ワークエンゲージメントが向上し、より充実感を持って働けるようになります。自分の強みや興味に合わせて仕事を調整することで、仕事への没頭度と熱意が高まり、結果として生産性も向上します。ワークエンゲージメントについては「今注目のワークエンゲージメントとは?高めるための方法・施策をわかりやすく解説!」で詳しく解説しています。
従業員の創造性が向上し、新しいアイデアや改善案が組織全体で生まれやすくなります。多様な視点からの業務改善が日常的に行われることで、組織全体の革新性が高まります。
環境変化への適応力が高まり、業務プロセスが継続的に最適化されることで組織全体の柔軟性が向上します。従業員一人ひとりが変化に対応する能力を持つことで、組織全体の対応力が強化されます。
従業員満足度と成長の機会が増加することで、人材の定着率が向上し、組織の安定性と競争力が強化されます。ジョブ・クラフティングを通じて自らのキャリアを主体的に設計できることで、組織への長期的なコミットメントが高まります。
個人でジョブ・クラフティングを実践するには、段階的な取り組みが鍵となります。ここでは、タスクの洗い出しから実践とフィードバックまでの具体的なステップを紹介します。
ジョブ・クラフティングを行う第一歩として、現状分析が大切です。日々の仕事内容を細かく書き出し、それぞれの業務内容と重要性を分析します。
同時に自己分析も行い、自身の強みと弱みを客観的に評価するため、過去の成功体験や失敗経験を振り返り、最も力を発揮できる状況や困難を感じる場面を分析します。何に喜びを感じ、何に意義を見出すのか、どのような環境で最もやる気が出るのか、自分の価値観やモチベーションの源泉を明確にすることも重要です。この過程で、改善の余地がある業務や、自身のスキルをさらに活かせる領域、個人の成長や組織への貢献を高められる機会などが見えてくるでしょう。
次に、キャリアや個人の成長に関する目標を設定します。短期的および長期的な視点から、どのようなキャリアを目指したいのか、どのようなスキルを身につけたいのかを考えます。また、仕事を通じて実現したい価値や意義についても考察します。この目標設定が、後のアクションの指針となります。
目標が定まったら、現在の仕事の中で変更や改善できる部分を特定します。これには、新しい業務の追加や既存の業務の見直し、他部署との協力関係の構築などが含まれます。また、仕事の進め方や環境の改善点も検討します。
特定した改善点をもとに、「作業」「人間関係」「認知」という3つの視点から具体的なアクションプランを作成します。
作業クラフティングは、日々の業務を自ら再設計し、より魅力的で価値あるものに変える取り組みです。これは、仕事の範囲や方法を見直し、業務の追加・削除・修正を行う行動を指します。自分のスキルや能力をより活かしたい、仕事により大きな意義を見出したいと感じている場合に特に効果的です。
自分のスキルや能力をより活かしたい場合には、自身のスキルや興味を棚卸しした内容を踏まえて、それらを活かせる新規プロジェクトや業務を上司に提案します。また、社内の他チームや部署の業務にも関心を持ち、自身のスキルを活かせる機会を積極的に探ります。
継続的な成長のために、新しいスキルを習得するための研修や自己学習の時間を確保し、それを実際の業務に応用していくこともひとつです。
人間関係クラフティングは、個人が主体的に職場での人間関係の質や量を変えることで、自身の仕事の価値や意義をより深く理解し、再構築する取り組みです。これは単なるチームビルディングや人脈作りとは異なり、個人が自らの仕事をより意義深く感じるために行う戦略的な活動です。
例えば、普段接点の少ない部署の人達と積極的にコミュニケーションの機会を持つことで、自分の仕事が組織全体にどう貢献しているかを新たな視点から捉え直すことができます。また、顧客との直接的なコミュニケーションを増やすことで、自分の仕事が社会にもたらす価値について新たな意味づけを行うことができます。上司や先輩との関係性を、単なる業務上の指示・報告関係から、仕事の意義や将来について深い対話ができる関係へと変化させることも、人間関係クラフティングの一例です。
これらの活動は、単に人間関係を広げるだけでなく、その過程で自分の仕事の意味づけを変化させ、仕事への満足度や組織へのコミットメントを高めることができます。
認知クラフティングは、私たちの仕事に対する見方や考え方を積極的に変えていきます。仕事の意義や目的を見失いかけている、日々の業務にやりがいを感じられない、または困難な業務や変化に対してネガティブな感情を抱いている場合に効果的です。また、自身の成長や貢献を実感しにくい状況にある時、仕事と個人の価値観や長期的目標との結びつきを強化したい場合にも有効なアプローチとなります。
具体的なアクションとして、日々の業務が会社や社会にどのように貢献しているかを考えることで、自分の役割の重要性に気づくことができます。例えば、一見地味な事務作業も、顧客満足度の向上や社会の円滑な運営に貢献していると捉え直すことで、より意義深く感じられるようになります。
困難な業務や変化に対してネガティブな感情を抱いている場合は、それらをスキル向上の機会として前向きに捉え直すことで、チャレンジングな状況も成長のためのステップとして活用できます。
ジョブ・クラフティングを効果的に行うには、スモールスタートで始め、その効果を定期的に振り返って改善を加えるという継続的なサイクルを実践することが重要です。具体的には、週単位や月単位で自身の取り組みを評価し、上司や同僚からのフィードバックも積極的に求めます。この過程で得られた気づきや学びを元に、アクションプランを適宜調整し、より効果的なジョブ・クラフティングへと発展させていきます。また、成功体験を記録し、自身のモチベーション維持にも活用することで、長期的かつ持続可能なジョブ・クラフティングの実践が可能になります。
ジョブ・クラフティングの成功には、個人の主体性と組織のサポートの両方が大切です。人事担当者は、従業員の自発的な取り組みを促進し、それを組織の成長につなげる重要な役割を担っています。効果的な支援策を実施することで、従業員のエンゲージメントとキャリア自律の意識を高めながら、組織全体の生産性と革新性を向上させることができます。ジョブ・クラフティングを組織に根付かせるためのポイントについて詳しく解説します。
ジョブ・クラフティングを組織に根付かせるための重要なポイントの一つが、自主性を尊重する文化の醸成です。強制的なアプローチを避け、従業員が自ら進んでジョブ・クラフティングに取り組む雰囲気を創出することが重要です。上司は細かな指示を控えるだけではなく、従業員の主体性を引き出し、支援する役割を担います。具体的には、定期的な1on1ミーティングを通じて従業員の興味や強みを理解し、それを活かせる機会を一緒に探します。また、従業員の自主的な取り組みに対して具体的かつ建設的なフィードバックを提供し、継続的な改善を促すとともに、組織の目標と個人の目標をすり合わせ、従業員が自身の仕事の意義を見出せるよう支援します。
これにより、従業員は自身の仕事に対してより大きな責任感と所有意識を持つようになり、主体的にジョブ・クラフティングに取り組むモチベーションが高まります。
さらに、ジョブ・クラフティングを一時的な取り組みではなく、企業文化の一部として定着させることが重要です。これには、ジョブ・クラフティングの成功事例を共有したり、定期的に従業員の新しいアイデアや発想を評価し表彰したりするなどの取り組みが含まれます。これらの取り組みは、従業員が自身の貢献を認識し、仕事への誇りを持つことを促すことができ、結果として従業員のエンゲージメントを高めます。同時に、他者の成功事例から学び、自身のキャリアをより主体的に設計する意識をつくることで、キャリア自律にもつながります。
このような文化を醸成することで、従業員は自身の仕事をより意義深く、やりがいのあるものに変えていく力を持つことができ、結果として組織全体の活力と競争力の向上につながります。
ジョブ・クラフティングを効果的に導入し、組織に根付かせるには、包括的な支援体制の構築が不可欠です。
まず、組織は従業員に対して、自身のスキルや興味を活かせる新たな課題や役割に挑戦する機会を提供します。例えば、部門横断的なプロジェクトへの参加、新規事業の立ち上げへの関与、あるいは社内公募制度の活用などを通じて、従業員が自らの強みを発揮しながら、仕事の範囲を拡大したり、新たな意味を見出したりする機会を創出します。これにより、従業員は自身のジョブ・クラフティングの成果を実践の場で試し、さらなる成長と貢献の機会を得ることができます。
同時に、ジョブ・クラフティングに関する研修やワークショップなどの能力開発の実施も大切です。2016年のVan Wingerden J, Bakker AB, Derks Dの研究(※)によると、ジョブ・クラフティング研修はワークエンゲージメントや役割内パフォーマンスを向上させることが示されています。これらの研修では、ジョブ・クラフティングの概念や手法を学ぶだけでなく、実践的なワークショップを通じて自身の仕事を分析し、改善の機会を見出す能力を養います。
しかし、効果的な支援体制は研修だけにとどまりません。継続的なフォローアップとフィードバックを組み込むことが重要です。例えば、月1回の1on1ミーティングを設定し、ジョブ・クラフティングの進捗や課題を共有することで、従業員は自身の取り組みを継続的に改善したり、個人のキャリア目標と組織の目標のすり合わせしたりすることが可能になります。
このような包括的な支援体制を通じて、ジョブ・クラフティングは単なる個人の取り組みを超えて、個人の成長と組織の発展を同時に促進する効果的なツールとなります。
※参考:第3章 「働きがい」をもって働くことのできる環境の実現に向けて|厚生労働省(P22)
ジョブ・クラフティングは、。従業員が自ら仕事を最適化することで、モチベーションが向上し、組織の適応力も高めることができる個人と組織の成長を同時に実現する効果的な取り組みです。ただし、その効果を最大化するには、組織全体での理解と支援、そして従業員一人ひとりのキャリア自律の意識が大切です。
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