「不安定な社会状況の中で、社員のやる気が少しずつ下がっている」
「テレワークに移行してから社員のモチベーションが減少し、退職者が相次いでいる」
そのような「社員のやる気問題」に頭を抱える企業も多いかもしれません。社員の意欲は組織全体のパフォーマンスにも影響を及ぼすため、できるだけ早期の対策が求められます。そこで効果が期待されるのが、「内発的動機づけ」です。内発的動機づけは、一人ひとりの"内なる能力"を引き出す手法として近年注目を集めています。
今回は、こうした「内発的動機づけ」について、言葉の意味から人材育成における実践方法まで分かりやすく解説します。また後半では、『21世紀のキャリア論』を上梓された高橋俊介教授(慶応義塾大学大学院 政策・メディア研究科)をお招きし、「内なる動機」によって社員の仕事満足度を高める方法を解説いただきます。本稿は内発的動機づけの基礎から応用まで網羅的に学べる特別版となっていますので、最後までお付き合いください。
そもそも「内発的動機づけ」とは、どのような意味の言葉なのでしょうか。
ここでは、「外発的動機づけ」との違いも踏まえて、言葉の定義を解説します。
そもそも「動機づけ」とは、人に行動を起こさせ、持続させる心理的な過程を意味します。一般的には「モチベーション」と解釈されている言葉です。なかでも内発的動機づけとは、本人の内なる欲求から生まれる動機づけのことをいいます。例えば、「仕事自体にやりがいを感じる」「成長している実感がある」という理由で、仕事を楽しんでいる状態です。つまり、外部の要因に影響を受けず、純粋に「したいからする」状態と言えるでしょう。
外発的動機づけとは、人からの評価や褒賞、報酬などを目的とした動機づけです。例えば、「収入を今より上げたいから働く」「上司に怒られたくないから働く」「人事評価で高い点数をもらうために働く」という状態が挙げられます。行動のゴールが明確なので、スムーズに動機づけを行いやすいのが特徴です。一方で、外発的動機づけは目標を達成してしまえば終わりなので、持続性が見込めません。その点、内発的動機づけは自分の中で常にやる気が自己生成されている状態なので、長期的にモチベーションと生産性を維持しやすいといわれています。
内発的動機づけがなぜ今、注目を集めているのでしょうか。大きく3つの背景について解説します。
従来は終身雇用によって、定年まで安定した雇用が約束されていました。ただ、今は不安定な経済状況から、終身雇用を維持できなくなる企業も増えています。それに伴い、仕事の目的やキャリア形成のあり方も大きく変動している状況です。今まではピラミッド型の組織でいかに昇格・昇給していくか(出世できるか)が、社員にとってのキャリア形成でした。ただ、終身雇用が崩れた以上、社内の役職や報酬といった外発的動機づけに依存できなくなっているのです。だからこそ、仕事自体に楽しさを見出す内発的動機づけが必要になりつつあります。
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日本は少子高齢化を迎え、将来まで労働人口の減少が見込まれています。それに伴い、1人当たりの業務負担はますます大きくなるでしょう。企業としては、いかに一人ひとりの社員に生産性高く働いてもらうかが課題です。その点、社員に内発的動機づけに基づいて働いてもらえるようになれば、長期的なモチベーションの維持が可能になります。結果として組織全体の生産性を上げられ、限られた人数でも成果を挙げることにつながるのです。
終身雇用の崩壊に伴い、転職・再就職が当たり前になっています。企業としてはいかに優秀な人材を社内にとどめるかが課題と言えるでしょう。ただし、給与や福利厚生の良さだけで動機づけを行うと、「ほかの会社の方が好待遇だから」という理由で離職される可能性もあります。一方、「仕事にやりがいを感じる」「仕事を通じて成長を実感できる」という内発的動機づけであれば、社員が仕事そのものにモチベーションを見出している状態です。そのため、社員に社内での活躍を促しやすく、リテンション(引き留め施策)としても効果が期待できます。
※その他のリテンション手法については「【保存版】社員の定着率を上げるリテンション手法"7選"!」をご覧ください。
では、実際どのように社員の内発的動機づけを行えばよいのでしょうか。そのヒントになるのが、「マズローの5段階欲求説」という心理学の理論です。なぜこの学説が重要なヒントになるのか、詳しく解説します。
マズローの5段階欲求説とは、「人は低次の欲求が満たされると、高次の欲求を満たすために行動するようになる」という内容の学説です。欲求の次元には5段階あり、具体的には以下のような内容だと説明されています。
◆第1階層:生理的欲求(生きていくために食べたい・眠りたいという欲求)
◆第2階層:安全欲求(安全な場所で、健康に暮らしていきたいという欲求)
◆第3階層:社会的欲求(家族や会社といった組織に所属したいという欲求)
◆第4階層:尊厳欲求(誰かから承認・尊敬され、称賛を得たいという欲求)
◆第5階層:自己実現欲求(理想的な自分になるため努力したいという欲求)
この学説では、第1階層が満たされて初めて第2階層に向けて行動する、と解説されています。つまり、高次の欲求を満たしてあげるためには、まず前段階として低次の欲求から満たしてあげることが重要ということです。
社内での仕事に置き換えれば、まずは「低次の欲求」(外発的動機づけ)から満たしてあげることも重要ということになります。例えば、社員がまったく興味を示していない業務に対して、金銭的なインセンティブを設けたとしましょう。すると社員はまず「報酬のためにやってみようかな」と思い、業務に取りかかります。しかし、業務に取り組むうち、だんだんとその分野について興味を持ち始めるようになるかもしれません。結果的に業務自体が面白くなり、「仕事に没頭している・楽しんでいる」という内発的動機づけが行われることもあるのです。
そもそも内発的動機づけは、個人の内なる動機なので可視化が難しく、周囲が発見してあげにくいものです。そのため、まずは外発的動機づけでやる気のきっかけをもたらし、内発的動機づけへ移行するのも有効でしょう。
内発的動機づけを満たしてあげるには、ほかにどのような方法があるのでしょうか。
ここでは、大きく5つの方法・ポイントについて解説します。
内発的動機づけを行うには、まず社員自身に自分の興味・関心や価値観に気づいてもらう必要があります。そのため、1on1ミーティングやキャリア面談などで自己分析の機会を設けることも大切です。「何にやりがいを感じるのか」「仕事にどんな価値観を持っているのか」を認識してもらうことで、周囲もサポートしやすくなります。
また、内発的動機づけを構成する要素のひとつは「有能感」だといわれています。有能感とは、「自分は有能である」という認識のことです。社員のなかには、「自分にはこれだけしかできない」と思い込み、可能性を狭めている人もいます。だからこそ、周囲が本人に肯定的な評価を伝え、自己肯定感を高めてあげることも大切でしょう。
内発的動機づけの要素のひとつに、「自己決定感」があります。人は「自分で物事を決定している」という実感を味わえるとき、内発的動機づけにつながりやすいのです。そのため、周囲から何かを押しつけるのではなく、社員に自律的な行動を促すことも重要でしょう。例えば、組織としてのルールを最小限にとどめたり、上司が部下にある程度の裁量を委ねたりするという方法があります。またフィードバックの際にも、一方的に改善のアドバイスをするのではなく、「このときはどうすればよかったと思う?」と一度本人に考えさせることも大切です。
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内発的動機づけと関連の深い言葉に、心理学者・チクセントミハイ氏の提唱した「フロー状態」があります。フロー状態とは、時間も忘れるほど作業に没頭している状態のことです。つまりフロー状態は、「仕事そのものが楽しい」という内発的動機づけが満たされている状態とも言えます。フロー状態へ入るためには、自分のスキルレベルに見合ったチャレンジレベルの作業を行うことが条件です。そのため、上司が部下の適性や能力を正しく見極め、「簡単すぎず難しすぎない」業務を割り振ることで、より内発的動機づけにつなげやすくなるでしょう。
人は有能感を味わうことで、内発的動機づけが満たされやすくなります。そのため、まずは初歩的な業務から成功体験を積んでもらい、徐々に難易度を上げていくことも大切です。また、社員が業務を遂行したあとには、周囲から適切なフィードバックを行うことも重要でしょう。「会社から認められている」「上司から評価されている」という承認欲求を満たしてあげることで、より高次の欲求である自己実現欲求を目指してもらいやすくなります。
会社として明確なビジョンを掲げることで、社員に仕事のやりがいを感じてもらいやすくなるケースもあります。というのも、ビジョンは「事業が誰に向けて価値を提供しているのか」がひと言で分かるメッセージだからです。社員がビジョンに共感できれば、仕事そのものに意義を見出し、モチベーション高く取り組めるようになるでしょう。そのため、社員の内発的動機づけへつなげるために、事業としての価値・方向性を再定義することも重要です。
ここまでは、内発的動機づけによって社員のモチベーションを高める方法を紹介してきました。
キャリア論の第一人者である高橋俊介教授によれば、さらに社員の仕事満足度を高めるには「内的動機」の理解が必要だといいます。内的動機は「内発的動機づけ」とは異なる概念とのことですが、一体どのような内容なのでしょうか。また、内的動機を人材育成につなげるには、どうすればよいのでしょうか。ここからは、先日開催された高橋教授の特別セミナー『変化の時代のキャリア自律とは』より、内的動機に関する内容を紹介します。
そもそも内的動機とは、どのような概念なのでしょうか。ここでは、言葉の定義や有用性について解説します。
内的動機とは、その人独自の心理的な傾向を意味し、いわば「内なる自然なドライブ」のことです。ある人は、「心の利き手」とも呼んでいます。人には右利き・左利きがあるように、考え方や行動にもつい使ってしまうクセがあるのです。まずは自身の内的動機に気づいたうえで、客観視しながらうまく付き合っていく必要があります。
内的動機はゲノムや幼少期の影響を受けているので、大人になってからは大きくは変わらないといわれています。そのため、意図的に行動を変えようと努力しない限りは、内的動機がそのまま普段の行動に表れるケースが多いです。ちなみに人が大事だと思うことを「価値観」と呼びますが、価値観も内的動機の影響を大きく受けることがあります。
内的動機は、人によってさまざまな型があります。例えば、経営者をはじめリーダーによく見られるのが、困難な目標に立ち向かっていこうとする「達成動機」です。ほかにも、人にイエスと言わせたい、動かしたいと望む「パワー動機」や、失敗をバネに立ち上がろうとする「復元動機」、リスクを恐れて備えようとする「損害回避(動機)」などが挙げられます。内的動機そのものに良しあしはなく、本人がどのように使い、成熟させるかが大切だと言えるでしょう。
内的動機を人材育成で活用し、社員の仕事満足度を高めるにはどうすればよいのでしょうか。
ここでは、内的動機のさまざまな活用法について紹介します。
内的動機は、使い方次第で自分の強みにもなります。例えば、同じ営業職であっても、達成動機の強い社員は「とにかく高い目標を追って努力する」という戦い方をしますし、感謝欲が強い人は「クイックレスポンスや顧客目線の提案で相手を喜ばせよう」という戦い方をするでしょう。このように一人ひとりに自分の「心の利き手」に気づいてもらい、どう自分ならではの戦い方ができるかを考えてもらうことで、成果につながりやすくなります。
心の利き手を生かせる仕事が、すなわちその人に向いている仕事であり、ジョブエンゲージメント(仕事満足度)の向上につながります。ただし、心の利き手はひとつとは限らないため、社員に「これだけしか向いていない」と決めつけさせるのは早計でしょう。人は、自分で思うよりもはるかに多くのことに向いているのです。だからこそ、社員に若いうちからさまざまな心の利き手に気づいてもらえるよう、企業はチャンスを与えるべきでしょう。
内的動機を生かすことは大切ですが、内的動機に合わないことをしなくてよいわけではありません。例えば、「私は人の話を聞くのが苦手(内的動機に合致しない)なので、相手の意見は聞きません」というのは通じないでしょう。社会生活の中では、向いていないこと・苦手なことに直面する機会も少なくありません。その際、自分の弱点も人並み程度には克服すべきです。企業としては、社員の弱みの克服も支援してあげるべきでしょう。
上司となる人物は特に、自分の内的動機を深く理解しておく必要があります。というのも、内的動機が悪い方向に出てしまうと、部下に影響を及ぼしかねません。例えば、復元動機の強い人は逆境を乗り越えることにやりがいを感じるため、部下にもつい厳しく指導してしまいがちです。ただ、部下が復元動機を持っていなければ、パワハラと捉えられる可能性もあるでしょう。まずは自分の内的動機を正しく理解して、使い方を間違えないように制御することも求められます。ちなみに内的動機の理解に有効なのが、「メタ認知」です。メタ認知とは......
※この続きは、以下の資料にてご覧いただけます。
内発的動機づけを行おうと思っても、社員が日々の業務に追われて仕事のやりがいに気づけない場合もあります。そのため、社員にあえて社外の研修に参加してもらい、あらためて自分のキャリアプランや周囲からの期待をじっくり見つめ直してもらうことも大切です。当社では階層・課題別に豊富な研修サービスを提供し、人材のキャリア形成をご支援しています。ぜひ内発的動機づけの施策をご検討の際には、お気軽にお問い合わせください。
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