「キャリア自律が大事だと聞くけれど、結局のところ効果はあるのだろうか?」
「キャリア自律にはさまざまな施策があるけれど、一体どれが効果的なのだろうか?」
――そんな声もちらほらと聞こえます。
確かに昨今はキャリア自律の重要性が叫ばれて久しく、少しずつ施策を導入し始めた企業も少なくありません。ただ、実際のところはキャリア自律に対していくつもの疑問を抱え、足踏みをしている企業も多いのが実情です。
そこで今回は、『キャリアショック』『21世紀のキャリア論』などの著者である高橋俊介教授(慶応義塾大学大学院 政策・メディア研究科)をお招きし、効果的なキャリア自律の支援策について伺いました。「キャリア自律を促すための3ステップ」「若手とミドルシニアそれぞれに有効な施策とは」など、キャリア開発の担当者必見の内容となっています。
ちなみに本稿は前半でキャリア自律の意味やメリット、後半で高橋教授によるキャリア自律論を紹介します。キャリア自律について基礎から応用まで理解できる特別版となっていますので、ぜひ最後までお付き合いください。
キャリア自律とは、キャリア形成を企業に委ねるのではなく、人材自身が主体的にキャリア選択や能力開発を行うことをいいます。キャリア自律によって人材が自分の価値観に従って行動できるようになるため、自分らしいキャリアを歩みやすくなるのが特徴です。また、能力開発を企業任せにすることなく自主的に学ぶ姿勢を持つようになるため、より柔軟に専門性を身につけやすくなります。キャリア自律という概念は1990年後半から2000年初頭にかけて登場(※)し、今ではキャリア形成の理想的な姿としてさまざまな企業で推進されています。
キャリア自律は、なぜここまで注目されるようになったのでしょうか。
時代的な背景について、大きく4つの観点から解説します。
日本は少子高齢化を迎え、労働人口の減少が加速しています。これに伴って1人当たりの業務負担も増えるため、より高い生産性が求められているのが現状です。また、日本は労働生産性が1970年以降ずっとG7の中で最下位(※)という調査もあります。生産性の向上は日本全体の課題とも言えるでしょう。その点、キャリア自律で一人ひとりに主体的な行動を促すことで、指示待ちの人材が減り、生産性も向上することが期待されています。
従来は終身雇用制度によって、長期的な雇用が約束されていました。そのため、企業が主体となって人材のキャリア形成を行うことが一般的だったのです。ただ、現在は不安定な経済状況から終身雇用が維持できなくなり、人材の流動化が進みつつあります。こうした状況において、人材はキャリア形成を企業任せにすることができません。人材一人ひとりが自身のキャリア形成に責任を持たねばならず、キャリア自律が求められている状況です。
時代の変化に合わせて、仕事に対する価値観も多様化しつつあります。例えば、「金銭的な報酬より社会貢献にやりがいを感じる」「社内での昇格・昇進にモチベーションを感じない」「仕事よりもワーク・ライフ・バランスを大切にしたい」など、労働観は人材によってさまざまです。こうした多様化の時代にあっては、企業が一律でキャリア形成のレールを用意するのは難しく、人材自身が自分の価値観に合った働き方を選択する必要があります。
近年はテクノロジーの進化や市場の国際化、消費者ニーズの多様化など、社会が目まぐるしく変化しています。企業も時代の動きに合わせて、ビジネスモデルを柔軟に変化させなければいけない状況です。事業構造の変化によっては、せっかく雇用した人材のスキルが陳腐化する可能性も出てきています。そのため、キャリア自律によって人材一人ひとりに時代に応じた専門性を習得してもらい、組織全体のアップデートを図る必要があるのです。
キャリア自律を促すことで、企業にどんなメリットがあるのでしょうか。ここでは、大きく4つ紹介します。
人は他人から決められた行動については、どうしても"やらされ感"が出てしまうものです。一方でキャリア自律によって主体的な行動を促せば、一人ひとりが自分の意思で行動に移せるようになります。自分の価値観に沿って「やりたい」と思える業務に取り組めるからこそ、最後までモチベーションを維持しやすいでしょう。企業としても一人ひとりの労働意欲を高めることができ、組織全体の生産性や士気の向上につなげやすくなります。
指示待ちの部下が多いと、上司である管理職の負担も大きくなってしまいます。管理職が忙しくて業務の指示が出せないときには、組織全体の業務進捗が滞ってしまう可能性もあるでしょう。その点、キャリア自律を促せば、部下一人ひとりに指示を待つことなく働いてもらえるため、結果として管理職の負担も減ることになります。
キャリア自律を促すことによって、社員により能動的に業務に取り組んでもらえるため、意見の発信もより活発になります。そのため、組織全体として独創性のあるアイデアが生まれやすくなるでしょう。結果として、新規事業の企画が生まれたり、業務改善が進みやすくなったりと、イノベーションの起きやすい風土につながります。
最近では働き方改革やテレワークの推進など、労働環境のさまざまな変化が起きています。キャリア自律を促すことで、人材がこうした環境の変化に柔軟に対応しやすくなるのもメリットです。例えば、テレワークでも上司からの指示を待つことなく成果につなげられたり、時短勤務でも限られた時間の中で生産性高く働けたりするようになります。たとえ外部環境が変わっても、企業として人材のパフォーマンスを引き出しやすくなるでしょう。
キャリア自律をいざ推進しようと思っても、思うように施策を導入できないケースも少なくありません。
ここでは、キャリア自律を行ううえで生じがちな「課題」について紹介します。
キャリア自律について、社員や人事は推進を望んでいる一方、経営者は賛同していない場合も珍しくありません。
これに関して厚生労働省の「能力開発基本調査」(※)でも、社員と企業間の意識のギャップが浮き彫りになっています。同調査によれば、社員側へのアンケートでは65.8%の正社員が「自分で職業生活設計を考えていきたい」「どちらかといえば、自分で職業生活設計を考えていきたい」と回答しました。一方で企業側へのアンケートでは、正社員の能力開発について77.4%の企業が「企業主体で決定」「企業主体で決定に近い」と答えています。つまり、社員側はキャリア自律を望んでいるものの、企業側の意識が追いついていないという結果です。
こうした意識の差を埋めるには、キャリア自律の有用性について経営層へ根気強く説明する姿勢が求められます。
キャリア自律を推進するためには、管理職の協力が欠かせません。仮に管理職がキャリア自律の意味や方法について理解していない場合、マネジメント方法も旧態依然のままになってしまいます。そのため、キャリア自律の施策を導入する際には、まず管理職の意識変革から行うことも大切です。管理職自身がキャリア自律の有用性や意義に気づくことができれば、普段の部下との接し方や面談でのコミュニケーションにも変化が表れるでしょう。
キャリア自律は、企業にとってさまざまなメリットがあるのは事実です。一方でなかには、「キャリア自律を促すことで、人材が社外へ流出してしまうのではないか」という懸念を持つ企業も少なくありません。
これについては、「キャリア自律が必ずしも離職につながらない」という旨の研究結果が数多く発表されています。例えば、高橋俊介氏の研究調査(※1)では、「(人材流出に関しては)組織のマネジメントのあり方が問われるのであって、キャリア自律そのものが流動化を進めるわけではない」と結論が出されています。また堀内泰利・岡田昌毅両氏の研究(※2)では、「キャリア自律がキャリア充実感を介して組織のためにすすんで貢献しようとする『情緒的コミットメント』を高めることが確認された」と言及があります。つまり、キャリア自律そのものが離職の原因とは言えず、むしろキャリア自律は企業への貢献意欲につながることが分かっているのです。
こうしたキャリア自律の有用性について社内に理解を広めることが、施策を導入するうえでは欠かせないでしょう。
キャリア自律とひと言でいっても、人材の階層や年齢によって最適な施策は異なります。若手層とミドルシニア層では、キャリア形成の課題も同じではありません。そのため、効果的な支援策が分からず、なかなか導入につながらないケースもあるでしょう。だからこそキャリア自律を推進する際には、人材育成や能力開発の専門家に協力を仰ぐことが大切です。専門的なノウハウを活用することで、年代や階層に合わせたキャリア自律を促せます。
それでは、キャリア自律を促すための具体的な方法とは、どのようなものがあるのでしょうか。
ここからは、先日開催された高橋俊介教授による特別セミナー『変化の時代のキャリア自律とは』より、キャリア自律を促す方法・ポイントについて抜粋して紹介します。「キャリア自律を促すためのステップ」「若手・ミドルシニアといった階層ごとに必要なポイント」についても解説していますので、ぜひ参考にしてみてください。
社員のキャリア自律を促す際には、どのような流れで行えばよいのでしょうか。
大きく3つのステップに分けて解説します。
最優先でやるべきことは、キャリア自律についての企業の考え方・立場を社内に公表することです。「キャリア自律を企業としてどう定義するか」「社員にはどんな行動を求めるのか」「どんな支援を約束するのか」をまず明らかにしましょう。キャリア自律に取り組む姿勢を具体的に示すことで、社員の行動変容も促しやすくなります。
いきなり具体的な施策を導入する前に、まずはキャリア自律に向けて社員のマインドセットを整えるべきです。例えば、年齢・階層などの節目ごとに、キャリアについて内省してもらう機会を作るのもひとつでしょう。また、キャリアコンサルタントを活用しつつ、社員に多様なキャリア機会があることに気づいてもらうことも有効です。ある企業では、異動をすべて社内公募制度に切り替えることで、自律的なキャリア選択の文化を醸成しています。
マインドセットができたら、支援が必要な社員に対して個別にキャリア形成の機会を提供します。例えば、自己研さんの支援をはじめ主体的な学びの場を設けたり、キャリアチェンジの機会を設けたりするのもひとつです。また、パラレルワークや社会活動に従事してもらい、外部から刺激を受けてもらうのも有効でしょう。大切なのは、一人ひとりに自身の労働観・価値観に気づいてもらったうえで、個別具体的に最適な施策を導入していくことです。
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社員にキャリア自律を促す際には、「3つの要件」が欠かせません。これらの内容を、普段のキャリア面談や1on1ミーティングで社員に発信していくことが大切です。ここでは、それぞれの要件の意味について解説します。
新型コロナウイルスのように想定外の変化が起こりうる今は、キャリアの目標を先んじて立てるのが困難です。一方で、エポック的な変化に備えて、普段から専門性を広げる「習慣」をつけておくことはできます。
クランボルツ教授の「計画的偶発性理論」によれば、キャリアにおけるターニングポイントの8割が本人の予期しない出来事でした。ただし、良い偶然に巡り合える人は共通して「行動の習慣」があったのです。だからこそ、普段からチャンスをつかめるように積極的に学び、行動しておく「習慣」の大切さを社員に発信すべきでしょう。
学びの習慣は大切ですが、表面的では意味がありません。大切なのは、物事の背景や目的まで深く学ぶことです。仕事についても「なぜ何のためにある仕事なのか」を深く理解することで、気づきにつながります。また、専門性は1つだけでなく、2つ以上身につけることも重要です。社会の変化が激しい今、一芸だけではスキルが陳腐化する可能性もあります。リベラルアーツ(※)をはじめ、多様な分野へ学びを「広げる」ことも必要なのです。
※リベラルアーツ:文法学・論理学・修辞学・算術・幾何学・音楽・天文学の「7科」からなる普遍的な教養
健全な仕事観を持っているかどうかが、仕事の満足度と相関することが分かっています。健全な仕事観とは、「仕事そのものが面白い」という内因的な仕事観や、「仕事で社会に貢献できる」「人(顧客・ユーザー・後輩など)のために働ける」という規範的な仕事観のことです。「金のために働く」「名誉のために働く」という功利的な仕事観を持つこと自体は悪くありませんが、仕事の満足度とはつながりません。そのため、健全な仕事観をいかに社員に持ってもらい、仕事へのエンゲージメントを高められるかがキャリア自律の鍵だと言えるでしょう。
ここからは、特に「若手人材」のキャリア自律を促す際のポイントについて解説します。
若手人材は学校教育の影響上、「こう履歴書を書けば選考を通過できる」「面接でキャリア目標を語れば内定がもらえる」という近視眼的なテクニックを身につけてきました。そのため、キャリアにおいても目先の損得勘定で捉えがちです。ただ、道具的な合理性(短期的に効率を追い求めようとすること)だけでは、長い目で見たときに有意義なキャリア選択はできません。だからこそ若手人材には特に、全体を俯瞰する「メタ合理性」を持つよう促すことが大切です。中長期的な人生の中でどう働けば幸せになれるかを、一度考えてもらうべきでしょう。
日本は戦後、バブルの時期を経て物質的に豊かになった結果、精神的な豊かさを求めるフェーズに来ています。特に今の若手人材は、キャリアにおいても昇給や報酬に喜びを感じないケースも珍しくありません。だからこそ、「仕事そのものが楽しい」「仕事を通じて成長できる」といった内因的な仕事満足を感じられるような環境づくりが、若手人材のキャリア自律につながります。ただし、何に対して仕事満足を感じるかは人それぞれなので、まずは自己分析によって自分の物差しがどこにあるのかを一人ひとりに気づいてもらうことが大切でしょう。
≪一緒に読みたい記事≫内発的動機づけはなぜ必要?専門家に聞く「社員の仕事満足度を高める方法」とは?
ここでは、特に「ミドルシニア層」のキャリア自律を促す際のポイントを紹介します。
ミドルシニア層の中には、自己肯定感の弱い人も少なくありません。ある程度役職に就いた人の中にも、「今さら何かに挑戦しても、大したことはできない」といった諦観を持つ人がいます。だからこそ、ミドルシニア層に対しては、まず自己認識の変容を促すことが大切です。例えば、「あなたが思っている以上に周囲はあなたをポジティブに見ていますよ」「あなたにできることは想像以上にたくさんありますよ」ということを周囲から伝えます。前向きなマインドセットを促すことで、自律的なキャリア選択に向けて背中を押すことができるでしょう。
ミドルシニア層の中には、「どうせこの会社以外で働く以外に道はないんだ」と自分から可能性を狭めている人もいます。ただ、想像以上の選択肢が広がっていることに、まずは気づいてもらうべきでしょう。その際に必要なのは、外部からの刺激です。例えば、面談の中で「今までミドルシニア層の社員でこのようなキャリアを歩んだ人がいますよ」とロールモデルを見せてあげるのもひとつでしょう。実例があると分かれば、ミドルシニア層も一歩踏み出しやすくなります。また、有意義な気づきの機会として、ほかにもいくつか挙げられます。例えば......
※この続きは、以下の資料にてご覧いただけます。
社員のキャリア自律を促す際には、一人ひとりに自身のキャリアについて内省してもらう機会を与えることが大切です。その点、キャリアデザイン研修を社員に受講してもらい、キャリアプランを再設計してもらうことも有効でしょう。当社ではキャリアデザイン研修をはじめ、階層・課題に合わせたさまざまな研修サービスで人材育成をご支援しています。ぜひキャリア自律に課題をお持ちの際には、お気軽に当社までお問い合わせください。
ライトマネジメントのキャリア開発は、企業向け研修のなかでも圧倒的に高い採用実績を誇るソリューションです。
組織内で自分の役割や期待されていること、強みを理解した上で、そのキャリアプランを行動計画に落とし込み、自発的な向上心を磨きます。また、経営環境の変化などにより、期待通りのパフォーマンスを発揮できない方に向けた再活性化プログラムもご用意。20~30代の若年層のほか、40~50代の中高年層の意識改革・行動変容に幅広く貢献しています。