「世の中が不安定な今、キャリア形成に悩む社員へ有用な支援やアドバイスができていない」
という企業も多いかもしれません。
実際、技術革新が目覚ましい現在にあっては、数年後に事業や仕事が残っているかを断言することすら困難です。さらには終身雇用の崩壊で転職・再就職が当たり前になり、キャリアの選択肢は多様化を極めています。こうした「予測不能な時代」において、企業は社員一人ひとりにどうキャリアの道しるべを示すべきなのでしょうか。
そこで今回は、キャリア論の第一人者である高橋俊介教授(慶応義塾大学大学院 政策・メディア研究科)をお招きし、先読みできない時代に企業が行うべきキャリア形成の支援策について伺いました。「キャリア自律を促すには、社員の内なる動機に耳を傾けよ」と高橋教授。果たしてその方法とは、どんなものなのでしょうか――。
本稿は前半で「キャリア形成」の基本的な意味と考え方、後半で高橋教授によるキャリア論を紹介します。キャリア形成について基礎から応用まで理解できる特別版となっていますので、ぜひ最後までお付き合いください。
そもそも「キャリア」とは、職業人生を通して経歴や能力を積み重ねていく過程のことです。「こうなりたい」「こんな技術を身につけたい」という目標や動機に基づき、キャリアは形成されます。つまりキャリア形成とは、将来なりたい姿を見据えながら、能力・職歴・資格を蓄積し、自己実現を図るプロセスのことだと言えるでしょう。
キャリア形成は以前から存在する言葉ではありますが、近年重要性を増してきています。今キャリア形成が注目される背景とは、何なのでしょうか。ここでは、時代の動きも踏まえて大きく4つの背景について解説します。
近年はテクノロジーの進化が目覚ましく、多くの業界が産業構造の転換を余儀なくされています。例えば、非定型業務はAIに代替され始め、一方でIoTやビッグデータを扱うための専門人材が求められているのが現状です。人材視点に立てば、いつ自分の積み上げてきた能力が通用しなくなるかは分かりません。だからこそ、漠然と目の前の仕事をこなすのではなく、外部環境の変化に合わせて柔軟にキャリアを形成する必要が出てきたのです。
もともと終身雇用は、継続的な経済成長を前提とした制度です。ただ、現在は産業構造の変化や長年のデフレ、さらには新型コロナウイルスが追い打ちをかけ、終身雇用の維持が難しくなってきています。最近では大手企業と言えども、早期退職を募るケースが増えてきました。こうした不安定な状況では、人材がキャリア形成を企業任せにすることができません。そのため、人材一人ひとりに自律的なキャリア形成が求められるようになりました。
医療技術の進歩により、長寿化が進んでいます。こうした「人生100年時代」において、定年は通過点でしかなく、老後も見据えた長期的なキャリア設計が必要です。また帝国データバンクの調査(※)によれば、企業の平均寿命は37.48年であり、人の職業人生(40~50年)の方が長いことになります。だからこそ、人材一人ひとりがキャリア形成を企業に任せきりにするのではなく、自分で考えていく必要があると言えるでしょう。
最近では共働き世帯の増加やテレワークの浸透、フレックスタイム制の導入、副業の解禁をはじめ働き方が多様化しています。つまり、人材が自分のライフスタイルに合った働き方を選択していく必要があるということです。また、労働観も「ワーク・ライフ・バランスを重視したい」「社会貢献につながる仕事がしたい」など、一様ではありません。そのため企業としても、人材一人ひとりの価値観を理解してキャリア形成を支援する必要があります。
近年は雇用制度の変化に応じて、キャリア形成の主体も変わりつつあります。果たして企業と人材、どちらがキャリア形成に責任を持つべきなのでしょうか。
ここでは、時代の変遷の中で、キャリア形成の主体がどのように変化してきたのかについて解説します。
終身雇用制度が盤石だった時代は、長期雇用を前提として企業が人材のキャリアを決定していました。具体的には、新卒一括採用によって社員に一律の教育を施し、ジョブローテーションでさまざまな部署を体験させ、広範囲の能力を持つ「ジェネラリスト」を育成するというスタイルです。評価の尺度は主に社内での昇格・昇進で、人材はピラミッド構造の組織の中でより上位職を目指すというのが主なキャリアステップとなっていました。
最近では先行き不透明な社会状況から、長期雇用の維持が難しくなる企業も増えました。それに伴って、転職・再就職といった人材の流動化が促され、社内外を見据えたキャリア選択が当たり前になってきています。つまり、キャリア形成の主体が企業から「社員個人」へと移りつつあるのが現状です。そのため企業としては、自律的にキャリアを形成できるような人材(自律型人材)を増やせるよう、支援する必要が出てきたと言えるでしょう。
ちなみに社員にキャリア自律を促すことは、企業にとって数多くのメリットがあるのも事実です。例えば、時代に合わせた専門性を社員に柔軟に身につけてもらえたり、主体的にアイデアを発信してもらえたりという好影響が挙げられます。また、社員一人ひとりに自分の動機や価値観に気づいてもらうことで、自発的な異動によって社内の流動化も促進しやすくなるでしょう。キャリア自律の重要性は今後ますます高まっていくと考えられます。
≪一緒に読みたい記事≫自律型人材がなぜ今求められるのか?具体的な"7つ"の育成方法も紹介
≪一緒に読みたい記事≫若手とミドルの「キャリア自律」は違う?専門家に聞く"年代別"の支援策とは
キャリア自律が重要な今、企業としては評価面談や1on1ミーティングを通じて、社員の相談に乗る機会も増えると思います。その際、一人ひとりに最適なキャリア形成を促すためには、どのようなアドバイスをすればよいのでしょうか。ここでは、社員にキャリアを考えてもらう際の代表的なフレームワーク・考え方を紹介します。
キャリアプランを考える際のフレームワークに、「Will・Can・Must」があります。それぞれWillは「したいこと」、Canは「できること」、Mustは「周囲から期待されていること」という意味です。社員がキャリア形成に迷っていたら、3つの要素を可視化してもらったうえで進路の選択を促すことも有効でしょう。自分の希望や適性などについて自己認識を深めてもらうチャンスにもなるので、より納得感のあるキャリア形成につなげられます。
※詳しくは「Will Can Mustとは?3つにズレがある人材への企業の対処法」もご一読ください。
目標に向かって行動を起こさせる心理的な機能を、「動機づけ」といいます。一般的には「モチベーション」とも解釈される言葉です。社員のキャリア形成を促す際は、「どんな業務にモチベーションを感じるのか」を見極めてあげることも重要でしょう。ちなみに動機づけには大きく2種類あり、報酬や評価といった外的な要因に意欲を感じる「外発的動機づけ」と、仕事それ自体のやりがいや成長感がやる気につながる「内発的動機づけ」です。自分の内から湧いてくる内発的動機づけの方が、より持続性が強く、仕事の質も高まるといわれています。
≪一緒に読みたい記事≫内発的動機づけはなぜ必要?専門家に聞く「社員の仕事満足度を高める方法」とは?
ロールモデルとは、考え方や行動のお手本となる人物のことです。社員にキャリア形成を促す際は、社内にロールモデルを見つけてもらうのも方法のひとつでしょう。「こんな風になりたい」「こんなキャリアを歩みたい」という人物を探してもらい、彼・彼女の人生から逆算して今すべきことを考えてもらいます。企業としては、正しい選択を促せるよう、本人の適性やキャリア観により近しいロールモデルの見つけ方を教示することも大切です。
仕事の価値観とは、働くうえで大切にしているこだわりのことです。例えば、「仕事よりプライベートを優先したい」「金銭的な報酬より仕事のやりがいを重視したい」「総合力を身につけるより専門性を磨きたい」などの考え方が挙げられます。適性検査やアセスメントツールを活用して、こうした価値観をまず社員に自己認識してもらうことも重要です。価値観に応じたキャリア形成ができれば、納得感の高い状態で仕事に取り組んでもらえます。
ここまでは、キャリア形成の意味や考え方、アドバイスの方法について紹介してきました。
では、企業が行うべき具体的なキャリア形成・キャリア自律の支援策には、どのようなものがあるのでしょうか。
ここからは、先日開催された高橋俊介教授の特別セミナー『変化の時代のキャリア自律とは』より、キャリア自律の具体的な支援策について抜粋して紹介します。「予測不能な時代において大切なのは、キャリアの可視化」「仕事選びの基準となる"内因的な仕事観"とは?」など、社員のキャリア形成を促すキーポイントをひもときます。
キャリア自律の支援策について、高橋教授は「企業の実態や年齢構成、業界特性などに照らし合わせてオーダーメイドで考えることが重要」だと語ります。その上で、どの企業でも必要とされるような支援策(マインドセットやスキルセット)があるのも事実です。ここでは、こうした普遍的な施策についていくつかの例を紹介します。
今日本に最も必要なのは、ジョブやキャリアの可視化です。従来は社員が場当たり的に業務を振られ、自分の持つキャリアチャンスに気づけていなかったり、成長実感が得られていなかったりするケースもありました。そのため、キャリア自律を促すうえでは、一人ひとりに「担当できる業務の幅」や「現時点での成長度合い」、「今後歩めるキャリアの種類」などを可視化してあげることが重要です。もちろん、キャリアは社内の業務だけでなく副業・兼業も含まれます。幅広いキャリアの可能性に気づかせてあげることが、自律的な選択につながるでしょう。
特にミドルシニアに関しては、自己肯定感の低い人材が多く見られます。「今から何かに挑戦したってどうせ大したことはできない」と諦めている人も少なくありません。だからこそ大切なのは、想像以上の可能性を秘めていることを、本人に伝えてあげることです。例えば、「あなたが思っている以上に、周囲はあなたのことをポジティブに見ていますよ」「これまでにもあなたのような人がたくさん可能性を切り開いてきましたよ」という内容です。マインドセットを前向きにしてあげることで、キャリア自律に向けて背中を押してあげられるでしょう。
キャリア自律といっても、社員に毎日のようにキャリアについて考えさせることは難しいでしょう。人は長いスパンの中で、ある節目ごとにキャリアのターニングポイントを迎えるものだからです。そのため、年齢や階層などの節目ごとにキャリアの内省を促すことが重要でしょう。例えば、数年ごとに機会を設け、社員に今までのキャリアを振り返ってもらい、さらに今後の数年間で何を実現したいかを考えてもらいます。「この3年間はキャリアを広げる時期」「その後はキャリアを深める時期」と、節目ごとに意味づけできるよう促すことが大切です。
人は外部からの刺激によって、キャリアの可能性に気づけることもあります。例えば、久しぶりに同級生と話してみたら、彼・彼女が意外なキャリアを歩んでいて驚いたというケースもあるかもしれません。大切なのは、社員に「社外の世界」も見せてあげることです。具体的には、社外研修や社会活動への参加を促したり、パラレルワークについて情報を提供したりします。多様な選択肢に気づいてもらうことが、次の一歩につながるでしょう。
日本は戦後の経済成長によって物質的に豊かになり、今では精神的な豊かさを求めるフェーズになりました。仕事においても、報酬や昇格より仕事のやりがいや成長感を求める若者が増えたのは、このためです。キャリア自律についても、こうした「内因的な価値観(内から生じる仕事へのこだわり)」を満たしてあげることが、仕事満足度につながります。ただし、一人ひとりの人材によって価値観はさまざまです。だからこそ、まずは「満足度を感じる"物差し"はどこにあるのか」を社員に問いかけ、自らの価値観に気づかせることが重要でしょう。
クランボルツ教授は「計画的偶発性理論」の中で、キャリアのターニングポイントは本人の予期しない要因がほとんどだと発表しました。つまり、キャリアを先読みすることは難しいのです。しかし、良い偶然に巡り合える人にはある共通点があります。それが「習慣」です。普段から専門性を広げられるように勉強したり、人脈を広げようと行動したりする人が、結果的にチャンスをつかんでいます。だからこそ、社員にも学びの習慣化によって、知識の引き出しを増やすように促すことが大切です。ただし、学びの方法には条件があります。それは......
※この続きは、以下の資料にてご覧いただけます。
社員のキャリア形成を支援する際は、人材育成の専門的な知識が必要になる場面も多いかもしれません。そのため、研修やキャリアコンサルタントといった外部の専門サービスを活用することでより高い効果を期待できるでしょう。当社では、年代・階層別の研修や、「ミドルシニアの活性化」「ローパフォーマーの再活性化」 といった課題別の研修をはじめ、幅広い研修プログラムを提供しています。幅広いニーズに合わせて人材のキャリア開発を支援することが可能ですので、ぜひキャリア形成の課題にお悩みの際にはお気軽にお問い合わせください。
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