まずは、「定着率」の意味と計算方法、「離職率」との違いから説明します。
定着率とは、「従業員が入社してからどれくらいの割合で会社に残ったか」を示す数字です。在籍し続ける従業員が多いほど定着率は高くなり、逆に退職者が多いと低くなります。測定の開始日については企業によって異なりますが、年度初日の4月から起算することが一般的です。また、測定する期間についても「1年間」「3年間」「10年間」など年単位で、データの使用目的に合わせて長さを定めます。計算方法は、以下の通りです。
(入社者の合計-退職者の合計)÷入社者の合計×100=定着率(%)
例えば、4月に入社した人数が「300人」、翌3月までに退職した人数が「90人」だとしたら、定着率は、
「(300-90)÷300×100」=70%
となります。定着率の高さは、「その会社に残り続けたい」と思う従業員が多い証拠でもあるので、求人広告や採用ホームページで企業のアピールポイントとしても使用されることが多いです。
離職率とは、「従業員が入社してからどれくらいの割合で退職したか」を示した数字です。定着率と離職率は足して「100%」になるので、一定期間の定着率が70%だとしたら同期間の離職率は30%です。離職率が高いと、人材が多く流出していることになるため、ネガティブな印象を持たれる可能性も高いです。
厚生労働省の調査によれば、平成31年度の1年間における離職率は14.2%(つまり定着率は85.8%)です。平成30年度の離職率が14.6%、平成28年度の離職率が15.0%ということを考えると、日本の定着率は年々微増の傾向にあります。ちなみに最も定着率が低い業界は、宿泊業・飲食サービス業(定着率73.1%)です(※参考1)。
また、新卒で入社した人材(新規学校卒業就職者)の3年間の定着率に限って見れば、中卒42.2%、高卒64.1%、短大卒58.1%、大卒68.5%です(※参考2・平成31年度)。つまり、3年間における新卒者の平均定着率は58.2%であり、入社して3年後に会社に残っている人数は10人中5~6人ほどです。
※参考1:雇用動向調査(令和2年度)|厚生労働省(PDF)
※参考2:新規学校卒業就職者の在職期間別離職状況|厚生労働省(PDF)
※定着率の数字はすべて、上記資料の「離職率」をもとに計算しています。
定着率が伸び悩んでいる企業は、従業員が何かしらの不満を抱えているケースが多いです。また、入社を決めたときは良いと思っていたのに、入社してみると想像していた仕事環境と実態が違った(ギャップがあった)ときも、定着率を下げてしまうことがあります。そこで、定着率を下げる要因である「従業員の不満」を5つのポイントから紹介します。
生活資金を得ることは、働くことの大切な目的ともいえます。だからこそ、従業員が給与や福利厚生に不満を抱えてしまうと、離職率の増加につながりかねません。例えば、「年次が上がってもほとんど昇給しない」「住宅手当や家族手当がない」「残業代が出ない」といった声が、不満として挙がることがあります。こうした背景から、定着率を伸ばすために、まず待遇の改善から着手する企業も多いです。
長時間労働や連勤が常態化すると、従業員にストレスを与えてしまいます。例えば、「残業するのが当然の風土である」「休日の希望が通らない」「休みがそもそも少ない」「有給が取得しにくい」などの理由から定着率が下ることも多いです。休日数・労働時間の実態を見極めたうえで、会社として労働環境を改善する必要があります。
上司や同僚との人間関係がストレスにつながり、退職者を増やしてしまう場合もあります。例えば、「上司が高圧的で厳しすぎる」「先輩や同僚がまったく仕事を教えてくれない」「常に雰囲気がギスギスしている」などが代表的な不満です。社内でのコミュニケーションが円滑になるよう、企業として取り組む必要があるでしょう。
マンパワーグループのアンケート調査によると、「入社前にもっと詳しく聞きたかったこと」のトップは「仕事内容」でした。つまり、仕事内容に不満を抱える人はかなり多いのです。例えば、「求人の仕事内容と実際の仕事が違う」「いきなり難しい仕事を任された」「仕事が簡単すぎて退屈」などの不満が挙げられます。仕事は従業員が毎日向き合うことになるものだからこそ、企業としてミスマッチが生じないように努め、適性に合った職務を任せるようにすべきでしょう。
※参考:入社前の期待と入社後の現実に、5割以上が「ギャップ」を実感。入社前に聞いておけばよかった!と思ったこととは?|マンパワーグループ
評価制度は、報酬に直接つながる内容だけに、従業員が不満を感じやすい部分です。例えば、「昇格の基準が曖昧」「なかなか昇給しない」などの不満が挙げられます。そのため、定着率を改善させるためには、公平で透明性の高い評価制度を整えるべきでしょう。
また、「スキルアップの機会が少ない」「資格取得を支援してもらえない」など、能力開発に関する不満も多く聞かれます。そのため、従業員の成長を促進できるような機会を、会社として積極的に設けることも大切です。
定着率が悪いと、企業に大きなリスクをもたらすことも多いです。ここでは、代表的なリスクを3つ紹介します。
退職者が増えると、業務がその分在籍者に割り振られます。一人当たりの負担が増えると仕事の能率も下がってしまい、組織全体の生産性は下がってしまうでしょう。一人当たりの負担が増えることで、在籍者がストレスを感じてしまい、新たな退職者になってしまう恐れもあります。
定着率が悪い会社は、どうしても「人が辞めやすい会社」という悪いイメージがついてしまいます。最近では退職した社員がネットにクチコミを書くことも多く、それを見てさらに悪い印象が広がる可能性もあります。悪い印象のある会社に入りたいと思う人は少ないので、新たな人材の確保に苦労する事態にもなります。
従業員を採用してから一人前に育て上げるためには、多大な費用がかかります。もし従業員が退職してしまった場合、その費用が無駄になるということです。エン・ジャパンの調査によれば、従業員が入社3ヶ月で辞めてしまった場合、企業にとって一人当たり総計187.5万円の損失になります。
また、従業員を一人採用するためには、求人広告の制作・掲載、履歴書の選考、面接、各種連絡、入社書類の手続き......と多くの工程を必要とします。従業員の定着率が悪いということは、新しく採用する人数の分だけ手間と時間がかかるということなので、企業にとって大きな負担になるかもしれません。
定着率を伸ばすことを目的として、企業が取り組む施策に「リテンション」があります。ここでは、リテンションの意味や目的、メリット・デメリットについて解説します。
リテンションとは、優秀な人材の流出を防ぐための施策のことです。「保持」を意味する英語「retention」に由来しています。人材の流出を防ぐことができれば、必然的に定着率も上がるので、リテンションは「定着率を高めるための取り組み」とも言い換えられるかもしれません。
リテンションにはさまざまな手法があり、代表的なものに給与・福利厚生などの待遇改善、社内コミュニケーションの活性化、能力開発の促進などがあります。定着率を下げている要因を正しく見極めたうえで、最適なリテンションの手法を選ぶことが大切です。
◆採用・育成コストが下がる
リテンションによって既存社員の定着率が上がれば、新たに従業員を雇い入れる必要がなくなるため、採用コストが下がります。それだけでなく、新しい人材を育成するための費用を抑えることも可能です。
◆ノウハウを社内蓄積できる
従業員が退職すると、社内の技術やノウハウが社外へ流出してしまうリスクもあります。場合によっては、競合企業に真似をされ、企業としての競争力が低下する可能性もあるでしょう。リテンションによって従業員が自社にとどまれば、ノウハウの流出を防ぐことができ、企業独自の強みを保ち続けることもできます。
◆イメージアップで優秀な人材を確保できる
定着率の高い会社は、「働きやすい会社」「社内の居心地が良い会社」というイメージを持たれやすく、対外的な印象も良くなります。それに伴って、社外から優秀な人材が集まってくる可能性もあるでしょう。
◆コストと手間がかかる
従業員の給料を上げたり、福利厚生を整えたりする場合には、その分だけ費用がかかります。また、どんなリテンション施策が有効か考えるためには、まず従業員の要望を聞かなければいけません。社内の意見調整にも時間がかかるため、リテンションに一度着手すると決めたら、腰を据えて取り組む必要があるでしょう。
定着率を伸ばすためには、自社の課題に合わせて最適なリテンションの手法を選ぶことが大切です。ここでは、効果が期待できるリテンションの手法について、大きく7つ紹介します。
社内で待遇に関する不満が挙がっている場合は、給与・福利厚生の改善を図るべきでしょう。給与に関しては、成果に応じて支給されるインセンティブ・報奨金を導入するなど、モチベーションを維持するための施策も有効です。福利厚生に関しては、各種手当や退職金、自己啓発の支援金、映画館やホテルを格安利用できる福利厚生サービスなどが代表例として挙げられます。ちなみにマンパワーグループのアンケート調査によると、「これまで勤務した会社で実際にあって良かった福利厚生」として最も人気が高いのは「食堂・昼食補助」で、次点で「家賃補助・住宅手当」でした。
※参考:福利厚生の人気は「住宅手当・家賃補助」48.3%、「食堂、昼食補助」33.9%|マンパワーグループ
「残業が多すぎる」「休みが少ない」といった不満は、定着率を下げる大きな原因になってしまいます。ちなみに内閣府のアンケート調査によれば、「仕事よりも家庭・プライベートを優先する」と答えた人の割合は63.7%にものぼります(平成29年度)。平成23年度の同調査で「52.9%」だったことを考えると、ワーク・ライフ・バランスを意識する人は増えているといえるでしょう。
ワーク・ライフ・バランスを支援する具体的な手法としては、「残業時間の管理・削減」「有休取得の励行」はもちろんのこと、「産休・育休を取得しやすい風土を作る」「時間単位での有休取得を可能にする」「在宅勤務やフレックスタイム制度を設ける」といった取り組みが効果的です。
頑張りが昇給やキャリアアップにつながらない環境では、従業員が意欲を失ってしまいます。そのため、成果がしっかり報われるような人事制度を用意することが大切です。例えば、最近では従業員自身が希望の部署を申告する「自己申告制度」や、希望の部署に自分をアピールする「社内FA制度」なども注目を集めています。社内でのキャリアパスが明確に見えるような評価制度にすることで、従業員のモチベーションを高め、定着率の向上につなげられるでしょう。人事評価制度を整備するポイントは「人事評価への不満にどう対処すべき?評価制度の見直し方法・ポイントを解説!」をご一読ください。
社内の人間関係が良好で、「居心地が良い」と感じる職場であれば定着率の向上も期待できます。そのため、従業員同士が密にコミュニケーションを取りやすいよう、「1on1(マンツーマンの定期的な面談)」や「メンター制度(先輩が後輩の相談に乗る制度)」などを導入するのも有効です。
ちなみにエン・ジャパンのアンケート調査によれば、「実施して効果的だったと感じたリテンション施策」として「社内コミュニケーションの活性化」を挙げる企業が59%にものぼりました。部署や職種にとらわれず、積極的にコミュニケーションを取れる風土を醸成することが大切です。
入社時に想像していた社風・仕事内容・待遇と実態が違っていた場合、退職につながる可能性が高いです。そのため、採用の際に、従業員に対して過剰な魅力づけを行わないことが大切でしょう。例えば、求人広告では仕事の厳しい側面や社内環境の実態について正直に伝えたり、希望者には入社前の社内見学を行ったりという工夫が求められます。入社後のミスマッチを事前に防ぐことが、将来の定着率を伸ばすことにつながるのです。
オフィス環境に関する小さな不満も、積もり積もれば退職の原因になることがあります。例えば、「エアコンの温度が適切じゃない」「社内のネットワーク環境が悪い」「トイレが清潔じゃない」「オフィス内にタバコの臭いがこもっている」「デスク同士の距離が近すぎる」など、早期に改善できる部分も多いです。従業員が居心地良く働ける職場環境を作ることも、重要なリテンション施策だといえます。
成長を感じられない職場では、次第にモチベーションが下がってしまうものです。特にキャリアアップやスキルアップに興味を持つ優秀な人材ほど、その傾向が顕著に表われます。そのため、従業員の能力開発を支援する機会を積極的に設けることも重要な施策です。例えば、資格取得に向けた勉強会や、外部の講師を招いたセミナーの開催などが挙げられます。従業員が成長し続けられる環境を作ることで、定着率の向上が期待できるでしょう。
※弊社の「キャリア開発」に関する研修サービスも効果的です。ぜひご検討ください。
リテンションによる定着率の向上は、企業にとって大きな利益をもたらしてくれることが多いです。とはいえ、どんなリテンションの施策が自社に向いているのか判断に迷うこともあるでしょう。手法選びに迷ったときは、まず外部の専門企業に相談してみることも大切です。