ジョブ型雇用とは、「仕事に人をあてる雇用制度」ともいわれ、職務内容や職責をあらかじめ決めてから人材を雇用する制度のことを言います。近年は「専門的な人材を採用しやすくしたい」「人件費の抑制を図りたい」「社員の生産性をさらに向上させたい」といった意図で、ジョブ型雇用の導入に踏み切る企業も少なくありません。
ただし、ジョブ型雇用は、従来日本で行われてきた「柔軟な人事配置」や「職能資格制度」と相いれない部分も多くあります。そのため、導入に当たっては人事制度や社内風土の大幅な刷新が必要です。そこで今回は、「ジョブ型雇用の導入における課題」と「スムーズに導入するためのポイント」について分かりやすく解説します。
「そもそもジョブ型雇用とは?」や「メンバーシップ型雇用との違い」から知りたい方は、ぜひ「ジョブ型雇用は導入すべき?田中研之輔教授に聞く「日本型雇用におけるキャリア開発の課題」」も合わせてお読みください。
そもそもジョブ型雇用とは、どのような意図で導入されているのでしょうか。
ここでは、ジョブ型雇用を導入している企業の狙いについて3つの観点から解説します。
国際的な競争力を高めるために、ジョブ型雇用が導入されるケースもあります。
というのも、欧米諸国をはじめ世界ではジョブ型雇用がスタンダードで、日本のメンバーシップ型雇用はやや特殊です。そのため、メンバーシップ型雇用のままでは、海外から優秀な人材を獲得しようとした際に障壁になることもあります。例えば、「海外の人材にメンバーシップ型雇用の報酬体系がなじまず、不満の声が挙がる」といった問題が起こる可能性もあるでしょう。また、海外に拠点を展開する場合、「日本の本社ではメンバーシップ型、海外支社ではジョブ型」という状態では社内の流動化も促進できません。結果として、ジョブ型に統一を図ろうとする企業もあります。
加えて、メンバーシップ型雇用には専門性の高い人材が育ちにくいという懸念もあります。日本では新卒一括採用のもと総合職で社員を入社させ、ジョブローテーションで広範なスキルを習得させるのが特徴です。どちらかといえば、スペシャリストよりもジェネラリストの育成に適しています。一方のジョブ型雇用では、あらかじめ職務内容や必要な能力を規定してから採用するため、専門性に特化した人材を採用しやすくなるのです。そのため、ジョブ型雇用で最新の技術に強い人材を獲得し、国際的な競争力を高めたいという企業も少なくありません。
日本では、人材の職務遂行能力をもとに報酬が決定される等級制度「職能資格制度」が慣行されてきました。職務遂行能力は年次とともに上がるという考え方があるため、職能資格制度では賃金が年齢とともに上昇していく「年功序列」になりがちだったのです。ただ、年功序列はあくまで右肩上がりの経済成長を前提としているため、景気の低迷が続く現在では人件費の膨張が問題視されることもあります。実際、職務やパフォーマンスに関係なく賃金が上がっていくので、ローパフォーマー化した中高年層に高い賃金が支払われ続ける場合もあるでしょう。少子高齢化で社内年齢の「逆ピラミッド化」が進む今では、人件費の高騰がさらに加速する懸念があるのです。
その点、ジョブ型雇用では、職務の内容や難易度に応じて報酬が決まる「職務等級制度」が採用されることが一般的です。職務記述書(ジョブディスクリプション)で明確に職務内容・責務が定められており、それに基づいて社員の賃金も決まります。つまり、年次に応じて昇給が生じることもなくなり、人件費の高騰を抑えやすくなるということです。このように人件費の適正化を図るため、ジョブ型雇用の導入を検討している企業もあります。
年功序列の賃金体系のもとでは、どうしても年次の低い人材は生産性の高さと賃金が釣り合わないこともあります。そのため、「高いパフォーマンスを挙げているのに報酬が上がらないのはおかしい」といった不満を持つ若手人材も少なくありません。その点、ジョブ型雇用なら年次と報酬には相関関係がなくなるため、高い能力を持つ人材であれば若くして高い報酬を獲得できるようになります。こうした背景から、優秀な若手人材の活躍を促し、組織全体のパフォーマンス最大化を図るためにジョブ型雇用を導入している企業も珍しくありません。
ジョブ型雇用の導入前に整えておくべき具体的な施策を紹介しています。無料でダウンロードが可能ですので、ぜひご活用ください。
お役立ち資料|ジョブ型雇用の導入前に整えておくべき6つの施策とは?
ジョブ型雇用は日本の雇用制度と相いれない部分も多いため、導入するに当たっては障壁も少なくありません。ここでは、ジョブ型雇用の導入を阻む「6つ」の課題について解説します。
ジョブ型雇用を導入する際には、職務記述書で各職種の仕事内容や目標、業務フロー、各業務の割合などを明確に規定する必要があります。ただ、現場でどのような仕事が行われているのかを、人事側が細かく把握できていないケースも珍しくありません。仮に現場の管理職に職務内容の定義を依頼した場合でも、人によって職務範囲やミッションの捉え方が違い、うまく定義できない可能性も高いです。また、特に日本では「手が空いていたら別の社員の業務を手伝う」という文化も根付いており、職務内容が変動的になっているケースもあります。そのため、明確な職務記述書を作成することができず、なかなかジョブ型雇用の導入に至らないこともあるのです。
ジョブ型雇用を導入すれば、社員には一定範囲の専門業務のみを任せることになります。ただ、今まで日本では総合職採用・ジョブローテーションで、ジェネラリストを育成してきた歴史があるのも事実です。そのため、「自分は何らかのプロフェッショナルである」という自負が社員一人ひとりに備わっていない場合もあります。結果として、急にジョブ型雇用へ移行しようとしても、社員の意識がなかなか追いつかないケースもあるでしょう。
日本では、社員の職務遂行能力を基準に報酬を決める「職能資格制度」を採用している企業も少なくありません。ただ、ジョブ型雇用においては、「職務等級制度」のように労働の対価に対して報酬が支払われる仕組みが必要です。その際、職務を責任の重さや難易度ごとにランク付けしなければならず、苦心している企業もあります。
また、日本における評価制度の現状として、「上司から好かれている社員だけが高評価を得る」「夜遅くまで働いた社員の評価が上がる」という属人的な采配が行われているケースも珍しくありません。しかし、ジョブ型雇用では、職務内容ごとに透明性・客観性の高い評価基準を設けることが必須です。そのため、既存の評価・報酬制度を抜本的に改善しなければならず、労力の大きさが原因でジョブ型雇用の導入に踏み切れない企業もあります。
ジョブ型雇用では、規定された職務内容やミッションを果たせない社員には、その仕事から離れてもらう必要があります。また、仮に事業再編や市場からの撤退によって職務が失われた場合、雇用も失われることが一般的です。ただ、あくまでそれは海外のケースであり、日本では解雇の条件が非常に厳しく簡単には人を辞めさせることができません。ちなみに降格させるにしても、通達のフローや新たなポジションの決め方など、「再配置」の仕組みが不可欠です。「仕事がなくなったときの対応が未整備」「恒常制度としてのキャリア転身制度が整っていない」という状態では、ジョブ型雇用はうまく維持できなくなります。
ジョブ型雇用では、現場の管理職に強いマネジメント能力が求められます。というのも、「社員をどうミッション達成に向けて動機づけるか」「どのように公平な評価を行い、本人に通達するか」などは、現場の管理職に委ねられるためです。また、職務に空きが出た際や職務内容が変更された場合は、職務記述書の作成・更新も管理職に依頼する必要があります。そのため、管理職にはジョブ型雇用の知識やコーチング・フィードバックのスキルが欠かせません。管理職のマネジメント力が欠けていると、現場から不満の声も挙がりやすくなるでしょう。
ジョブ型雇用に移行するタイミングで、どうしても職務内容や責任が変わり、給与水準が下がってしまう社員もいるかもしれません。その場合、労働契約法第9条の「不利益変更」に当たる可能性もあります。不利益変更が生じる場合は、対象社員と個別で面談を行い、必ず同意を得なければいけません。ただ、場合によっては複数の社員から減給に対する反発を受けてしまい、全社的にジョブ型雇用の導入が滞ってしまうケースもあるでしょう。
ジョブ型雇用をスムーズに導入するためには、どのようなことを意識すればよいのでしょうか。
ここでは、大きく7つのポイントについて解説します。
人は「現状の利益を守りたい」という想いから、新しいものに対しては基本的にまず抵抗を示します。ジョブ型雇用を導入する場合も、制度の良しあしにかかわらず、社員から不安や反対の声が挙がることがほとんどでしょう。だからこそ、会社のトップである経営者から社員に強いメッセージを発信し、ジョブ型雇用の意義を伝えることが大切です。「なぜジョブ型雇用を導入する必要があるのか」「社員にとってどんなメリットがあるのか」を、複数回にわたって説明します。また、ジョブ型雇用によって給与が下がってしまう社員には、個別に機会を設けて質疑応答を行うことが重要です。社員の理解を得られてはじめて、スムーズな導入につなげやすくなります。
職種やポジションによっては、「職務内容の規定が難しい」「メンバーシップ型雇用の方がメリットが大きい」といった理由でジョブ型雇用に適さないものもあります。そのため、いきなり全社員に対してジョブ型雇用を適用するのではなく、一部の職種・ポジションから段階的に導入することもひとつの方法です。例えば、職責の分かりやすい管理職や、専門性の明確な研究職やエンジニア職などから適用します。あるいは、どうしても対策が急務なミドル・シニア層からスタートするというやり方もあるでしょう。「本当にジョブ型雇用を必要としているのはどの層なのか」を綿密に検討したうえで徐々に導入していくと、より期待した効果を得やすくなるでしょう。
ジョブ型雇用を導入することは、必ずしも「メンバーシップ型雇用と完全に入れ替える」ことではありません。
メンバーシップ型雇用には、「ジェネラリストを育成しやすい」「人材が定着化しやすい」など、さまざまなメリットがあるのも確かです。そのため、自社の状況と課題に合わせて、両者を"ハイブリッド(かけ合わせ)"で運用するというのもひとつの方法でしょう。例えば、若年層は引き続きメンバーシップ型雇用で多様な経験を積ませ、経験豊富な管理職・中高年層にはジョブ型雇用で専門性を磨かせることも可能です。また、報酬制度においても職能資格制度・職務等級制度を半々にして、より多面的な評価を行うという方策もあります。メンバーシップ型雇用のデメリットを補う形でジョブ型雇用を取り入れると、導入後の成果もより高めやすくなるでしょう。
ジョブ型雇用で社員が最も危惧するのは、評価や報酬への影響であり、導入後も問題が起こりやすい部分です。そのため、社員の納得感を高められるように評価・報酬制度の透明性を上げる必要があります。例えば、定量的な成果・実績を正しく評価できるようにしたり、ジョブグレードごとに評価基準を可視化して全社員に公表したりという工夫が挙げられるでしょう。また、目標管理制度(MBO)を日々正しく運用することも大切です。評価・報酬への納得度を高めることで、ジョブ型雇用の導入後に社員のモチベーション向上も図りやすくなります。
目標管理制度の正しい運用方法は「目標管理制度(MBO)とは?意外と知らない正しい運用方法を紹介!」で解説しております。
ジョブ型雇用では、全社員に一律の教育を行うことが難しくなるため、基本的には社員の自主的な学びに委ねることになります。また、ジョブ型雇用で社員が自身の給与を上げるためには、自ら専門性を生涯磨き続ける姿勢が欠かせません。そのため、ジョブ型雇用を導入する前に「キャリア自律」の意識を社員に持たせることも重要です。例えば、社員にキャリアデザイン研修を受講させ、理想のキャリアに向けて行動計画を立てさせる方法もあります。社員の自律性を育んでおくことで、組織全体のパフォーマンス向上を図ることにもつながるでしょう。
ジョブ型雇用を円滑に運用するには、管理職のマネジメント能力を養成することも大切です。例えば、管理職に評価者研修・フィードバック研修を受講させ、評価面談における適切なフィードバック方法やコーチング技術を学ばせるのも有効でしょう。「フィードバックの意味・やり方を分かりやすく解説!効果を出すコツとは?」で詳しく解説しております。
また、ジョブ型雇用について基礎から理解を深められる機会を設けることも重要です。管理職のマインド・スキルセットから形成することで、ジョブ型雇用の成果にもつなげやすくなるでしょう。
管理職のマインドやスキルの向上については、「管理職研修はどんな内容を実施すべき?管理職に求められる役割と合わせて解説!」をご覧ください。
ジョブ型雇用では、職務記述書の基準に満たない社員は降格(ポストオフ)させる必要があります。そのため、降格した社員の再配置について仕組みを整えておくことも欠かせません。例えば、低業績者に一定期間の指導を行う「PIP(業務改善計画)」や「リカレント教育(学び直し)」、社外転身も見据えた「再就職支援制度」の導入などが挙げられます。ちなみにメンバーシップ型雇用の企業では、人事側が社員へ降格を告げることに慣れていないケースも考えられます。ただ、人事の強い意志なしには、ジョブ型雇用を円滑に運用することはできません。そのため、「社員のため・企業のために制度を厳格に遂行していく」という人事側の覚悟も求められるでしょう。
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ジョブ型雇用を導入しようか迷っている際には、ジョブ型雇用の導入そのものを目的とするのではなく、狙いを明確にすることが先決です。そのうえで、自社にとって必要な部分から徐々に導入を始める姿勢が大切でしょう。
またジョブ型雇用の導入では、人事制度の刷新や社員の意識変革が必要になるため、高度に専門的なノウハウが求められます。だからこそ、人材育成・人事制度の専門企業に依頼し、伴走してもらうことも効果的です。
当社ではジョブ型雇用に必要な人事制度の設計から、キャリア自律に向けた意識改革・マネジメント層のスキル向上などのキャリア開発まで幅広くご支援しています。ジョブ型雇用の導入をご検討の際には、ぜひ当社までお気軽にご相談ください。