人事評価の仕組みとして、「目標管理制度(MBO)」を採用している企業も多いかもしれません。ただ、その正しい運用方法については、意外と知られていないのが現状です。本来の意図とはかけ離れた運用をしてしまうと、思わぬデメリットが生じてしまうこともあります。そこで今回は、目標管理制度をより効果的に運用するためのメソッドを分かりやすく紹介します。ぜひマネジメントや人事評価に関わる方に、お読みいただきたい内容です。
まずは人事評価の方法や目的などの全体像について知りたい方は、あわせてご覧ください。
目標管理制度(MBO)とは、従業員に個人目標を決めてもらい、その進捗や達成度合いによって人事評価を決めるマネジメント方法を言います。もともと現代経営学の祖であるドラッカー氏が、著書『現代の経営』内で発表した概念で、MBOは「Management By Objectives」の略です。一般的に「目標による管理」と訳されます。
目標管理制度において、絶対に外せないポイントは2つあります。
1つ目は、従業員に立ててもらう個人目標が、上流にある「組織目標」とリンクしていることです。目標管理制度には、従業員に組織の一員である自覚を持ってもらい、個人と組織の成長を同時に達成させる狙いがあります。そのため、組織全体の目標に対して、より貢献性を感じられるような内容の個人目標の方が望まれるのです。
2つ目は、個人目標は従業員本人によって決めてもらうことです。ドラッカー氏も著書の中で「Management By Objectives through Self Control」と述べているとおり、「Self Control=自主性」が何より重要な要素になっています。これを無視すると、単なる企業のノルマ管理に陥りかねません。目標管理制度において上司はあくまでサポート役で、従業員の進捗を確認して助言する役割です。自主的な目標設定が従業員の意欲を育みます。
MBOと似たマネジメント手法に、「OKR(Objectives and Key Results)」があります。定性的な目標と定量的な進捗指標によって、従業員の目標を管理する方法です。もともとは、インテル社の元CEOで実業家のアンドリュー・グローブ氏によって提唱され、アメリカのシリコンバレーを中心に数多くの企業で導入が進んでいます。
MBOと比べたOKRの特徴は、大きく3つです。
1つ目は、目標や進捗指標は100%の達成を前提としていないところです。MBOでは目標の達成度合いが人事評価や給与指標と結び付いていることもあり、100%の達成が望まれます。ですが、OKRは報酬制度とは関係ありません。そのため、60~70%の達成が見込まれるような、よりチャレンジングな目標の方が好まれるのです。
2つ目は、目標を振り返るスパンが短いことです。MBOが1年ごとに目標を振り返ることが多いのに比べて、OKRでは1~3ヶ月というスパンで振り返りを行います。より高頻度での目標設定や軌道修正が必要です。
3つ目は、目標の共有範囲が広いことです。MBOでは基本的に従業員と上司の間で目標が共有されますが、OKRでは全社に公開・共有されます。従業員に、企業への貢献度をより強く感じてもらうための制度設計です。
1954年にドラッカー氏が提唱した目標管理制度は、1960年代にはアメリカの企業へ導入が広がっていきました。導入が進むなかで、目標管理制度はマネジメント手法というより人事評価制度の意味合いが強くなっていきます。
そして、日本に目標管理制度が導入され始めたのは、1990年代のことです。当時日本はバブル経済が崩壊し、多くの企業が人件費の削減・報酬制度の見直しに追われる真っただ中でした。日本がそれまで運用してきたのは、成果ではなく職務の遂行能力で評価する「職能資格制度」という評価制度です。「年功序列制度」が当たり前だったことも相まって、従業員のパフォーマンスとは関係なく、人件費が膨らみ続けるという課題がありました。
そこで注目されたのが、目標管理制度です。目標管理制度は、目標に対する"成果"で人事評価や報酬の決定を行います。そのため、人件費を抑えつつ業績を伸ばせる人事評価ツールとして、一気に浸透していったのです。
ここでは、目標管理制度を導入することによる企業のメリットを、3つのポイントから紹介します。
目標管理制度の特徴は、従業員自ら目標を立て、実現に向けて働くことにあります。つまり、誰かから強制されて仕事をするわけではないため、従業員の主体性や自律性を養うことができるでしょう。先行き不透明な現代社会においては、自身の価値観で柔軟に業務を遂行し、成果を出せる「自律型人材」が求められています。企業としてこの「自律型人材」を育成する意味でも、従業員が主体的に取り組める目標管理制度は効果的です。
従業員は達成できそうな範囲で、身の丈より少し高いレベルの目標を立てることが多いです。そのため、従業員は目標達成に必要な知識やスキルを、主体的に取得できるよう努力します。その結果、自然とスキルアップを図れるでしょう。従業員に対して意欲的な能力開発を促せるので、企業全体のスキルアップにもつながります。
個人目標は、組織の目標ともリンクしています。つまり、個人目標を達成することで、従業員は組織に対する貢献性も味わうことができるということです。業績に寄与すれば、当然ながら会社や上司からも称賛を得られるので、従業員の自尊心も満たされます。目標の管理によって、従業員のモチベーションアップにもつながるのです。
では、逆に目標管理制度のデメリットとは何でしょうか。大きく3つの観点から紹介します。
目標管理制度は、管理職が個々の従業員に対して評価とフィードバックを行います。そのため、チームメンバーが多い組織の管理職は必然的に評価すべき対象者が増え、負担も大きくなるでしょう。また、評価によっては従業員のやる気を損ねかねないため、評価者である管理職への精神的なプレッシャーも考慮しなければいけません。
現代は先行きが不透明なので、企業も柔軟に経営方針を変えていく必要があります。ただ、目標管理制度の評価スパンは1年ごとであることが多く、その間に組織目標がガラリと変わる可能性も高いです。結果、組織目標に連動している個人目標も軌道修正しなければいけません。そうなると評価自体が複雑で難しくなってしまいます。
目標管理制度では、従業員によって目標が違うため、評価の判断基準も一様ではありません。つまり、管理職の評価スキルが伴っていないと、適正な判断を下すのは難しいということです。万が一従業員の納得できないような評価だった場合、従業員のモチベーションを大きく損ねてしまう可能性もあります。そのため、評価者である管理職に対して、フィードバックや評価のスキルを習得できるような研修・教育を十分に施すことが重要です。
※「管理職研修はどんな内容を実施すべき?管理職に求められる役割と合わせて解説!」をあわせてご覧ください。
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目標管理制度を実際に運用するときは、どのような流れで行えばよいのでしょうか。
大きく4つのステップに分けて、運用方法を紹介します。
目標管理制度の基点となっているのは、「組織全体の目標」です。従業員が個人目標を立てるときも、組織目標の達成に貢献できるような内容を考えます。そのため、まずは経営層が経営目標を決定し、現場の管理職に共有しましょう。そして、管理職は部下に対して組織目標の内容や意図を伝え、個人目標の基準にしてもらいます。
従業員に個人目標を立ててもらうときは、客観的な評価を下せるかどうかも考慮し、内容が「具体的か・定量的か」をチェックします。また、本人の意欲を持続させるため、目標が「実現できそうか」「簡単すぎないか」を確かめることも大事です。身の丈より少し高いレベルの目標であれば、従業員もより意欲的に取り組めます。そして、目標を達成するための具体的な行動も一緒に決め、本人が取り組みやすいように支援していきましょう。
「目標を決めさせたら、あとは評価まで放置」では、不十分です。従業員が目標達成に向けて困っていることがあれば、上司が適宜相談に乗ってあげましょう。また、目標の軌道修正が必要であれば、そのサポートもします。できるだけ上司が毎週・毎月といったペースで面談することで、従業員の意欲を持続させることが可能です。
評価期間に入ったら、上司が客観的に結果を評価し、部下にフィードバックします。その際、部下が評価に納得し、次のアクションを取りやすいように、評価の理由についても丁寧に説明しましょう。評価次第では、評価を受ける側は悔しさを感じることもあるので、まずは本人の頑張りに対して労いの言葉をかけることも大切です。
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最後に、目標管理制度をより効果的に運営するためのポイントを、5つ紹介します。
目標管理制度は、ドラッカー氏も「自主性こそ重要」と説いていました。自ら目標を決め、自律的に努力しながら達成へ向けて取り組むことで、より大きな成長が期待できます。そのため、従業員にノルマや成果を押しつけるのではなく、本人が「こうありたい」と思う姿を実現できるような目標を自分で設定することが大切です。
目標管理制度では、評価者である管理職の"客観的"な評価が求められます。そのため、達成すべき目標がより具体的な方が判断も下しやすいでしょう。例えば、「受注件数10件/月」「社内賞を四半期ごとに一度受賞する」など、定量的に示されている方がベターです。従業員自身も、達成に向けて努力しやすくなります。
目標管理制度の懸念点として、報酬を上げるためにあえて「達成できて当たり前」な目標を設定する人もいます。ただ、低すぎる目標では、目標管理制度の本来の目的である「従業員の成長」につながりません。そのため、「頑張れば届くレベル」「高すぎず低すぎないレベル」の目標であれば、本人がより強く成長を感じられるでしょう。
日本労働経済雑誌の調査によると、目標管理制度で従業員のモチベーションを高めるには、「組織目標との関連性」がひとつの条件になります。そのため、組織目標を見据えたうえで個人目標を立てることが大切です。その方が、従業員としても「自分は組織の中で重要な存在である」と認識でき、達成感を味わいやすいでしょう。
評価を受けた従業員のなかには、自分がなぜ「A」ではなく「B」の評価なのかと悩む人もいます。目標管理制度はどうしても客観的な点数だけがあとに残るため、やや冷たい印象を受ける従業員もいるのです。そのため、評価に至った理由も上司が丁寧に説明するようにしましょう。また、フィードバックの際も「業績的には届かなかったけど、架電数を増やそうとした努力はすごく評価している」といったように、プロセスも褒めてあげることや従業員がまた次に頑張ろうと思えるように、上司が親身にフィードバックすることが大切です。
目標管理制度は、上司が制度の意味を正しく理解し、適切に運用することで初めて効果を発揮します。ただ、上司であるマネジメント層が育成・評価に慣れておらず、うまく制度を運用できないケースもあるかもしれません。その際は、ぜひ研修サービスの専門企業に相談することをおすすめします。マネジメント層が管理職向けの研修を受講することで、正しい評価スキルを身につけ、目標管理制度をより円滑に運用できるようになるでしょう。
課題の整理から施策の提案、フォローアップまで対応します。単なる制度の見直し・管理職研修の実施では解決しません。まずはお話しをお聞かせください。