「終身雇用を維持するのは難しい――」
経団連会長の発言(※)を受け、自社の雇用制度を見直し始めた日本企業も少なくありません。そんななか注目を集めているのが、欧米で主流となっている「ジョブ型雇用」です。ジョブ型雇用とは、一体どのような制度なのでしょうか。そもそも今すぐに導入すべきなのでしょうか。
今回は、そんな「ジョブ型雇用」の意味や導入メリット、「メンバーシップ型雇用」との違いについて分かりやすく解説します。また、キャリア研究の第一人者である田中研之輔教授(法政大学キャリアデザイン学部)に、「キャリア開発の観点から見た日本型雇用の課題」や「自律型人材の育て方」についても聞きました。ジョブ型雇用の全体像を理解できる【保存版】となっています。
そもそもジョブ型雇用とは、どのような雇用制度なのでしょうか。
ここでは、「ジョブ型雇用の定義」や「雇用制度としての特徴」について解説します。
ジョブ型雇用とは、あらかじめ職務内容(ジョブ)を明確にし、必要なスキル・知識を備えた人材を雇用する制度のことです。職務内容は職務記述書(ジョブディスクリプション)によって規定され、そこには業務の範囲・求めるスキル・勤務地・賃金などが細かく明記されています。職務内容が明確に決まっているため、仕事は専門性が高く、業務範囲は限定的です。仕事が先に規定されていることから、「仕事に人をあてる雇用制度」ともいわれています。
雇用制度は、報酬や教育などの人事制度とも密接にひもづいています。ジョブ型雇用は、以下の特徴があります。
◆転勤の有無:なし
◆報酬体系:スキルに準拠。担当職務の専門性やレベルによって決まる。
◆教育体系:スキルを備えた人材を入社させるため、一律の研修はない。基本的に人材側が自己学習を行う。
◆採用タイミング:職務に空きが出たタイミングで、現場判断により行う。新卒一括採用の概念はない。
◆解雇の可否:事業の撤退や業績悪化によって職務がなくなれば、解雇の可能性がある(日本では議論あり)。
一方のメンバーシップ型雇用は、ジョブ型雇用の対義語であり、日本で一般的となっている雇用制度です。
ここでは、「メンバーシップ型雇用の定義」や「ジョブ型雇用と比べた制度の特徴」について解説します。
メンバーシップ型雇用とは、職務内容が明らかにされていない総合職として、卒業予定の学生を一括採用する雇用制度のことです。新卒一括採用を行ったあとは、集合研修による教育・配属部署でのOJT・定期的なジョブローテーションによって人材に広範な能力を身につけさせます。ジョブ型雇用は専門性を備えた「スペシャリスト」の養成に向いているのに対し、メンバーシップ型雇用は幅広いスキル・視野を持った「ジェネラリスト」の育成に向いていると言えるでしょう。職務が入社後に決まるため、「人に仕事をあてる雇用制度」とも呼ばれます。
メンバーシップ型雇用は、人事制度上において以下のような特徴を持っています。
◆転勤の有無:あり
◆報酬体系:年功序列のケースが多く、年齢や社歴が上がるにつれて賃金も上がる。
◆教育体系:会社主導で行う。集合研修やOJT、ジョブローテーションなどで広範な知識を習得させる。
◆採用タイミング:総合職として新卒一括採用を行う。
◆解雇の可否:要件が厳しいため、基本的に解雇はない。
もともとジョブ型雇用は欧米で主流の雇用制度でしたが、最近では日本でもさまざまな企業が導入を始めています。では、今なぜジョブ型雇用が注目を集めているのでしょうか。大きく4つの理由について解説します。
最近では、AIやIoT、ビッグデータや5Gなど、さまざまな分野で技術革新が起こっています。それに伴い、企業としても専門的なスキル・知識を備えた人材が必要になってきている状況です。ただ、メンバーシップ型雇用は「ジェネラリスト」の育成に適した雇用制度なので、高度に専門的な分野では人材育成が難しいとも言えます。だからこそ、外部から専門的な人材を招き入れることの可能なジョブ型雇用が注目を集めているのです。専門性の高い人材を有効活用することで、企業としても国際的な競争力を磨き、安定成長につなげやすくなるでしょう。
メンバーシップ型雇用の根幹をなす「終身雇用制度」と「年功序列型の賃金制度」は、高度経済成長期に定着したものといわれています。そのため、メンバーシップ型雇用は右肩上がりの経済成長を前提としたものであり、慢性的にデフレの続く今の経済状況にはそぐわないのが実情です。実際、社内の高齢化による人件費の高騰に悩む企業も少なくありません。こうした状況から、メンバーシップ型雇用を維持できなくなった企業も見られます。
また、日本の労働生産性は1970年以降、G7のなかで常に最下位が続いている状況です(※)。こうした生産性の低さが、日本特有のメンバーシップ型雇用に起因するとの意見もあります。実際、メンバーシップ型雇用では人材の適性とは関係なく、ジョブローテーションで配置が決まる例も少なくありません。結果として適材適所がかなわず、人材の生産性が下がるケースもあるため、ジョブ型雇用への移行を検討する企業もあります。ジョブ型雇用であれば、人材の専門性に応じて配置が決まるので、適材適所による生産性の向上が期待されているのです。
メンバーシップ型雇用は、テレワークに向いていないとの見方もあります。というのも、メンバーシップ型雇用では職務内容が明確にされておらず、上司の裁量で仕事が割り振られるケースも少なくありません。今までのように対面でのコミュニケーションが可能であれば、上司が部下の業務進捗や体調などを考慮して業務を割り振ることもできました。ただ、今では部下の顔や状況が見えないため、業務の割り振りが難しくなっているのです。
一方のジョブ型雇用であれば、職務内容が規定されているため、各自に担当職務を全うしてもらえます。このようにテレワーク下でも効率良く業務を進められるため、ジョブ型雇用を検討する企業も少なくありません。
2020年4月1日より、「同一労働同一賃金」に関する各法令(※)が施行されました。同一労働同一賃金とは、正社員と非正社員の待遇格差を是正するための取り組みを指します。具体的には、経験・成果・能力などが同じであれば、正社員と非正社員には同一の賃金を支払わなくてはいけません。例えば、「成果給」を導入している企業であれば、同じ成果を挙げた正社員・非正社員には、同一の報酬を支払う必要があるということです。
ただ、メンバーシップ型雇用は年齢・社歴で賃金が変わるので、同一労働同一賃金にそぐわないとも言えます。一方のジョブ型雇用であれば、職務内容に応じて報酬が決められるため、実質的には正社員・非正社員で格差は生まれにくいでしょう。そのため、同一労働同一賃金がジョブ型雇用の導入促進につながる可能性もあります。
ジョブ型雇用を導入することで、どのようなメリットがあるのでしょうか。
企業側・人材側それぞれに分けて解説します。
◆専門性の高い人材を採用できる
ジョブ型雇用では、あらかじめ職務内容や求める要件を明確にして、人材の募集をかけます。そのため、専門性の高い人材をより確保しやすくなるでしょう。事業に必要な人材を、効率良く採用できる仕組みだと言えます。
◆入社後のミスマッチを防止できる
採用した人材には、職務記述書に書かれた内容以外の業務は任せません。また、給与や勤務地も事前に明らかにされています。具体的な業務をイメージしたうえで入社してもらえるので、ミスマッチも起こりにくいでしょう。
◆組織の生産性を高められる
職務内容があらかじめ定まっていることで、適切な人材を適切な部署へ配置できます。各社員にパフォーマンスを発揮してもらいやすくなるため、個々の能率も上がりやすくなり、組織としての生産性も向上できるでしょう。
◆決められた業務に専念できる
ジョブ型雇用の場合は、職務記述書に書かれた業務以外は任されません。そのため、自分の得意な業務に専念しやすいでしょう。また、同じ分野の仕事をずっと続けられるため、専門的なスキルもより高めやすくなります。
◆転勤や異動がない
ジョブ型雇用では、勤務地や配属部署があらかじめ固定で決まっていますので、いきなり転勤や異動を命じられることもありません。転勤による急な引っ越しや通勤経路の変更などの心配もないでしょう。
◆スキルを伸ばせば、報酬も高められる
ジョブ型雇用では、職務のレベルや専門性の高さで報酬が決まります。そのため、年次にかかわらず能力に見合った正当な報酬を得られるでしょう。自分のスキルを磨けば、その分だけさらに収入を高めることも可能です。
ジョブ型雇用を導入することで、デメリットはあるのでしょうか。
ここでは、企業側・人材側それぞれに分けて、ジョブ型雇用のデメリットを紹介します。
◆引き抜きや転職の可能性がある
ジョブ型雇用は終身雇用を前提としていないため、人材の流動性が高まる可能性もあります。自社よりも好待遇の会社があれば、他社へ転職されるケースもあるでしょう。そのため、人材の長期的な育成には向いていません。
◆柔軟な業務の割り振り・配置転換が難しい
ジョブ型雇用では、職務内容と勤務地があらかじめ決まっています。そのため、たとえ繁忙期でも社員に範囲外の業務を依頼することができません。また、人数調整のために、柔軟に転勤や異動を命じることも不可能です。
◆組織の一体感を醸成しにくい
メンバーシップ型雇用では、複数の社員で協力し合ってひとつの業務に取り組むこともあります。一方、ジョブ型雇用では各社員が自分の担当業務だけに向き合うため、チームワークや組織の一体感は育みにくいでしょう。
◆長期雇用の保証がない
メンバーシップ型雇用は配転が可能なので、担当業務がなくなっても別の業務を任せてもらえます。しかし、ジョブ型雇用は何らかの理由で自分の業務がなくなった場合、異動ができず契約終了になるリスクもあるでしょう。
◆自分でスキルを磨かなければいけない
メンバーシップ型雇用では、企業が集合研修やOJTなどの手厚い教育を施してくれます。ですが、ジョブ型雇用の場合は、人材側の自己研さんが基本です。そのため、努力しなければ周囲と大きく差がつく可能性もあります。
ジョブ型雇用を導入できるかどうかは、企業の規模・状況によっても大きく異なります。例えば中小企業のなかには、人手が不足し複数の業務を同じ人材に兼任してもらっているケースもあるかもしれません。その場合、職務記述書で職務内容を明確に規定することが難しいため、なかなかジョブ型雇用には移行しにくいでしょう。
また、ジョブ型雇用に移行する場合には、雇用制度に連動する採用手法・評価制度・報酬制度なども大きく変更する必要があります。特に人材育成の手法については、従業員の自律的な学習を促せるように新たな仕組みを導入することが不可欠です。そのため、いきなりジョブ型雇用へ完全に移行するのは難しいとも言えるでしょう。
大切なのは、ジョブ型雇用のメリット・デメリットを正しく理解し、自社の状況に適しているかを検討することです。ひとつの方法として、メンバーシップ型雇用のメリットは活かしつつ、デメリットを補う形でジョブ型雇用を導入するという形もあります。まずは、現状の制度の問題点を洗い出すところから始めてみましょう。そして、問題を解決するためにジョブ型雇用が最適であれば、必要な部分から導入を始めることをおすすめします。
より詳しくジョブ型雇用の導入について知りたい方は、「ジョブ型雇用の導入を阻む"6つ"の課題とは?解決策も分かりやすく解説!」もあわせてご覧ください。
実は人材のキャリア開発という観点に立つと、日本のメンバーシップ型雇用はいくつかの問題をはらんでいます。それについて警鐘を鳴らしているのが、キャリア開発の第一人者である田中研之輔教授(法政大学キャリアデザイン学部)です。では、日本型の雇用システムに潜むキャリア開発の問題とは、一体何なのでしょうか。
今回は、田中教授の特別セミナー『CX(キャリア・トランスフォーメーション)の重要性』(※)の内容を抜粋し、日本型雇用システムにおけるキャリア開発の課題について解説します。また、課題を解決するために必要なキャリアモデル「プロティアン・キャリア」の実践方法も紹介しますので、ぜひ参考にしてみてください。
※2021年5月に開催されたウェビナー『【タナケン×ソヤマン特別セッション】自律型組織に向けたCX(キャリア・トランスフォーメーション)の勧め』の第二部として公開された内容です。
では、人材育成の観点から見て、日本の雇用制度にはどのような課題があるのでしょうか。
ここでは、大きく3つの課題を紹介します。「キャリア開発はなぜ効果が出ない?専門家に聞く"3つの課題"と解決策」でより詳しく解説しております。
日本の雇用システムの特徴は、キャリアの主導権を会社側が握っていることにあります。そのため、30歳以下のファーストキャリア社員が、「今後自分のキャリアはどうなるのか」と漠然と悩んでしまうケースも多いです。特に新型コロナウイルスの流行によって、余計に将来の展望が描きづらくなってしまった人材も増えています。
日本の雇用システムは、キャリア形成が組織内での異動・昇格などに限定されているのも特徴です。こうした"閉鎖的な"環境では、ミドル・シニア層が組織内のキャリアに依存してしまう例も少なくありません。自分のキャリアをひとつの会社に預けてしまうことで、自身にとって有意義なキャリアを選べない可能性も出てしまいます。
ポストオフ(役職定年)とは、役職者が役割を後任に譲るため、役職を退くことを言います。組織内のキャリアに依存したままポストオフを迎えてしまうと、社員がその後のキャリアを描けなくなり、モチベーションが下がるケースも多いです。企業としては、ポストオフ後の意欲の低い人材をどう活用するかが問題になっています。
キャリア開発の課題を解決するために、企業はどのようなことに取り組めばよいのでしょうか。
ここでは大きく2つの解決方法を紹介します。
日本型の雇用システムでは、人材のキャリア形成を主導するのは「企業側」でした。ただ、今は人生100年時代とも言われ、企業の寿命より働く側のキャリアの方が長くなることもあります。また、先の読めない社会情勢のなか、終身雇用を維持するのが困難になった企業も少なくありません。そのため、従来どおり会社側が社員のキャリアをコントロールするのが難しくなっているのです。そこで大切なのが、キャリアのオーナーシップ(所有権)を人材本人へ委譲することです。人材自身に自律的なキャリア開発・選択を促すことが、企業に求められています。
≪一緒に読みたい記事≫「自律型人材を育てるには、"組織内キャリア"を脱却せよ」田中研之輔教授の語るCX論とは?【動画つき】
プロティアン・キャリアとは、時代に合わせて柔軟にキャリアを変えられるキャリアモデルのことです。プロティアン・キャリアの名前は、ギリシャ神話に登場する、変幻自在の神「プロテウス」が由来となっています。プロティアン・キャリアの大きな特徴は、人材自ら積極的に学習し、社会変化に応じて柔軟なキャリアを築けることです。社員の自律を促すためには、企業としてプロティアン・キャリアを推進することも大切でしょう。プロティアン・キャリアについて詳しくは「「プロティアン・キャリア」は社員のキャリア不安に効く処方箋」で解説しております。
社員にプロティアン・キャリアを実践してもらうには、企業として何に取り組めばよいのでしょうか。
ここでは、いくつかの手法を紹介します。
自律的な成長を促すためには、社員に「フロー状態」を意識させることが大切です。フロー状態とは、何かに没頭している状態を指します。人はフロー状態を繰り返すことで飛躍的に成長できるため、日々の業務においていかに社員にフロー状態へ入ってもらうかが重要です。フロー状態に入るためには、「本人のスキル」と「業務の難易度」のバランスをとる必要があるため、本人にとって最適なレベルの業務に挑戦してもらうことが必要です。
社員の自律的な成長を促進するために、「学び直しメソッド」も効果的です。学び直しメソッドとは、「現状を把握する」→「目的を設定する」→「適度な負荷を与える」→「徐々に強度を高める」→「日常的に継続する」を繰り返す学習法のことです。徐々に業務の難易度を上げることで、フロー状態のレベルも高めていけるでしょう。
社員のキャリア自律を促すには、"社外"への視点も持ってもらうことが重要です。一度社員に社外へ学びに出てもらうことで、自分のキャリアを客観的に見つめてもらい、最適なキャリア選択を促すことができます。ミドル・シニア層のキャリア開発においては、特に社外を巻き込んだ人材教育の施策が必要です。なぜなら......
※この続きは、実際のウェビナー(無料)をご覧ください。
ジョブ型雇用を取り入れる際には、社員に自律的な学びを促せるような取り組みも合わせて導入することが大切です。例えば、本人に新しいキャリア設計を促せる「キャリアデザイン研修」は効果的な手法のひとつでしょう。このように当社では、豊富な研修制度を通じて自律型人材の育成を支援しています。また、雇用制度や教育制度の変更を推進する上で重要な役割になる管理職の研修も用意しています。変更を検討される際には、ぜひお気軽に当社までお問い合わせください。