「研修をオンライン化してみたものの、受け身な社員が多い気がする」
「リモートワークになり、OJTがほぼ"放置"と化してしまっている」
――こうした声が社内で聞かれ始めたら、黄色信号かもしれません。
New Normal時代の到来で働き方が変容しつつある今、従来なら成功パターンだった人材開発の手法も効果が薄れつつあるのです。先の読めない社会情勢のなか、本当に効く新たな人材開発の手法とは一体何なのでしょうか。
そこで今回は、キャリア論の第一人者である田中研之輔教授(法政大学)に、今求められている人材開発の形について聞きました。変幻自在のキャリアを意味する「プロティアン・キャリア」が、打開の鍵だという田中教授。具体的な人材像についてもじっくりと解説します。また、今回は「そもそも人材開発とは」「人材開発の手法とは」から分かりやすく解説する【特別版】でお届けしますので、ぜひ最後までお付き合いください。
人材開発とは、人材の能力を高め、パフォーマンスの向上を図る取り組みのことです。
具体的な手法としては、研修やセミナーなど実務を離れて行う「OFF-JT」や、現場で上司が直接指導する「OJT」、社員に業務外の自己学習を促す「自己啓発」などが一般的です。育成の内容としては、名刺の渡し方やプレゼンの手法といった基本的なビジネススキルから、特定の職種で求められる専門知識・技術まで多岐にわたります。社員一人ひとりで必要なスキルは異なるため、階層や課題に応じて最適な施策を実行することが大切です。
人材開発はどのような目的で行われるのでしょうか。ここでは、大きく4つに分けて解説します。
人材開発の手法は、基本的に経営戦略に沿って決められます。例えば、「海外進出に向けて、若手人材の語学力を向上させる」「新規顧客の獲得に向けて、プレゼン力や交渉力の強化を図る」といった内容です。そのため、人材開発によって社員のパフォーマンスを向上させることで、経営戦略の達成や業績の拡大が期待できます。
新卒・中途で新しく入社した社員の、早期戦力化を図るのも人材開発の目的です。例えば、座学の研修によって経営理念やビジョンの浸透を図ったり、配属先のOJTで実務のノウハウを教えたりといった施策が挙げられます。新入社員の戦力化を早めることで、早期に成果の創出につなげ、採用コストの回収を図ることが可能です。
人材開発によって社員の能力や意欲を高め、組織としての生産性を高める目的もあります。例えば、キャリアデザイン研修で社員にキャリア設計を促し、新たな目標に向けてモチベーションを高めてもらうのもひとつの方法です。社員一人ひとりの前向きなマインドセットを整えることで、組織全体のパフォーマンス向上につながります。キャリアデザイン研修については「キャリアデザイン研修の効果とは?効果を最大化させる4つのポイント」で詳しく解説しています。
人材開発に力を入れることで、社員に「この会社でなら能力を伸ばしやすい」「自分の夢のために支援してもらえる」という印象を持ってもらえます。結果として、優秀な社員のリテンション(引き留め・定着化)が期待できるでしょう。また、育成の手厚さは求職者へのアピールにもなるため、優秀な人材の獲得にもつなげられます。
人材開発の施策を実際に行っても、なかなか成果につながらないケースもあります。人材開発が失敗に終わってしまう原因とは、何なのでしょうか。ここでは、人材開発の成功を妨げる4つの課題について解説します。
人材開発がうまくいかない原因として、指導側の人材が足りていないケースが挙げられます。厚生労働省の調査(※)によれば、人材育成の問題点として最も多く挙がったのが「指導する人材が不足している」(58.1%)でした。実際、先輩社員が業務に追われてOJTに時間を割けなかったり、体系的な研修を行える担当者がいなかったりという悩みを抱える企業も少なくありません。指導者がいなければ、当然教育の充実を図るのは難しいです。
解決策としては、普段の業務を見直して生産性を高め、育成の時間を捻出するというのが根本的な方法です。また研修やセミナーについては、人材育成の専門会社に依頼するという方法もあります。社内で不足している専門人材は社外から補うことで、リソース不足を解消できるだけでなく、効果的な育成につなげることも可能です。
効果的な人材開発を行うためには、指導者側のスキルも必要です。例えば、OJTの場合は上司側が「指導に向き合うマインド」や「上手に伝える技術」を身につけていなければ、指導を受ける側のモチベーション低下を招きかねません。そのため、新入社員への育成施策を検討する前に、まずは管理職や上司の能力開発を行うことも重要です。コーチングやフィードバックなどの技術に関しては、外部の専門的な研修によって身につけられます。管理職に研修への参加を促すことで、指導力の向上を図り、指導を受ける側の成長も早めやすくなるでしょう。フィードバックを効果的に行うためのポイントはこちらで解説しております。
人材開発で思うような効果が出ない場合、"手法ありき"で進めてしまっているケースも考えられます。例えば、「HR業界で今主流だから」「他社で効果が出ているから」という理由で導入してしまい、自社に合わずに終わってしまうパターンです。施策を無駄にしないためには、まず導入前に人材開発の目的を明確にするようにしましょう。「営業力を高めるためにコーチング研修を行う」「社員の自律性が不足しているので、それを補うためにe-learningを導入する」といった内容です。課題がはっきりしていれば、狙った成果にもつなげやすくなります。
そもそも育成を重んじる企業風土が形成できていない場合、人材開発は円滑に進みません。例えば、「上司が実務の成果ばかりを重視して、育成をあと回しにしている」「指導を受ける側の社員が現状維持を望んでおり、研修を受ける際のモチベーションが低い」というケースが考えられます。解決策としては、経営層や人事から社員へ継続的にメッセージを発信し、人材開発の重要性を伝えることです。人材開発の目的や社員にとってのメリットを事前に発信しておくことで、社員に自分事化してもらい、育成に向けたマインドセットを促しやすくなります。
人材開発には、具体的にどのような施策があるのでしょうか。
ここでは、代表的な3つの手法についてそれぞれのメリット・デメリットも含めて解説します。
OJTとは、配属先の先輩社員や上司が実地で教育を施す手法のことです。メリットとしては、実際の現場で指導を行うため、実務に即したノウハウを教えられる点が挙げられます。また社員が育成を担当するため、特別なコストもかかりません。さらに教育を通じて先輩・後輩の関係が深まるため、職場の活性化にもつながるでしょう。
一方で、指導に当たる先輩社員の時間が割かれ、負担が増えるというデメリットもあります。そのため、OJT期間中は指導役の業務量を軽くしたり、人事評価で育成業務の取り組みを加点したりという配慮が必要でしょう。また、指導役のスキル不足によって、教育内容にバラつきが出るという問題も発生しがちです。その際は先輩社員にマネジメント研修を受けてもらい、コーチングやフィードバックのスキルを習得させることも有効でしょう。
Off-JTとは、社内外の研修やセミナーなど、実務を離れて行う教育手法のことです。メリットとしては、専門ノウハウを持った講師によって体系的な知識を教示できることが挙げられます。加えて、社員にあえて一度実務から離れてもらうことで、自分自身のキャリアについてじっくりと内省を促せる点もメリットと言えるでしょう。
デメリットとしては、外部の研修会社に依頼することになるため、コストがかかってしまう点です。解決策としては、階層や課題に応じて参加者を選抜し、必要な研修のみを活用することが挙げられます。また、研修・セミナーの内容によっては、実務とかけ離れており、成果が出ずに終わってしまうケースも珍しくありません。そのため、現場の課題感を丁寧にヒアリングし、社員にとって重要度の高いテーマを選ぶ姿勢が欠かせないでしょう。
自己啓発とは、社員に自己学習を促すために、企業として支援を行う施策です。例えば、資格スクールや通信教育の受講費を援助したり、仕事に関連する本の購入費を支給したりするほか、e-learningを導入するといった支援を行います。自己啓発の利点は、会社からの押しつけではないため、自律性や主体性を育みやすいことです。また、特にe-learningにおいてはPCのような端末があれば受講可能なので、隙間時間の活用を促せる点もメリットでしょう。
デメリットとしては、あくまで社員の自主性に委ねるため、思うように自己学習が行われない可能性もあります。そのため、経営層や人事から継続的にメッセージを発信し、自己研さんの重要性やメリットを社員に伝えることが大切です。また、自己研さんへの取り組み度合いを人事考課に組み込み、動機づけを図ることも有効でしょう。
ここまでは、人材開発の目的や課題、代表的な施策について解説してきました。ここからは、先日行われた田中研之輔教授の特別セミナー『変化対応力とキャリア自律』より、「日本の人材開発に必要なプロティアン・キャリアの考え方」「プロティアン・キャリアの推進方法」について抜粋して紹介します。「日本の人材開発は、"ある限界"を迎えている」と語る田中教授。その真意とは一体何なのでしょうか――。
日本では長期的な経済成長を前提に、終身雇用が当たり前とされてきました。終身雇用のもとでは、人材は一社で生涯勤め上げることが通例なので、「キャリア=組織内での昇進・昇格(組織内キャリア)」になります。ただ、現在は景気の低迷や新型コロナウイルスの流行を機に、終身雇用が制度疲労を起こしている状況です。そうなると、組織内キャリアという人材開発の大前提は限界を迎えることになり、日本では今変革が求められています。
打開策としては、社員を「組織依存型のキャリア」から脱却させ、「自律型キャリア」へ移行させることが挙げられます。というのも、今まで社員のキャリアは良くも悪くも"企業任せ"でした。ただ、変化の激しい時代においては、いつ企業のビジネスモデルが変わるかが読めず、いつ求める人材像が変わってしまうか分かりません。そのため、いかに人材自身にキャリアのオーナーシップを持たせ、自律的な成長を促せるかが重要なのです。
自律型人材を育てることで、企業にとっても多くのメリットがあります。例えば、必要なスキルを社員に自発的に習得してもらえたり、組織全体のモチベーションや生産性が上がったりとさまざまです。現在は先読みできない社会状況だからこそ、キャリア自律を推進しないと企業が生き残れない時代になったと言えるかもしれません。
――田中教授は自律型人材のキャリアモデルのひとつとして、「プロティアン・キャリア」の推進を提唱して:います。プロティアン・キャリアとは、いかなるキャリアで、どのような特徴があるのでしょうか。詳しくは「「プロティアン・キャリア」は社員のキャリア不安に効く処方箋」をご一読ください。
プロティアン・キャリアとは、時代の変化に合わせて柔軟に成長できる変幻自在なキャリアモデルのことです。ギリシャ神話に登場する変幻自在な神「プロテウス」に由来しています。プロティアン・キャリアは、変幻自在なキャリアといっても、カメレオンのように受け身でただ環境に流されるわけではありません。環境の変化を自ら読み取って、主体的に学習し、働き方や能力を変えていけるのがプロティアン・キャリアの特徴なのです。
従来の組織内キャリアでは、自社内でいかに昇進・昇給できるかが成功の指標とされていました。ですが、プロティアン・キャリアでは、内面における満足度である「心理的成功」が主な尺度となります。また、アイデンティティの基準も「他人から尊敬を得られるか」ではなく、「自分で自分を尊敬できるか」に変わるのが特徴です。
プロティアン・キャリアの特徴は、性別・年齢・職位・勤続年数にかかわらず形成可能ということです。つまり、企業側から見ればどんな階層の社員に対しても、プロティアン・キャリアへの移行を促せることになります。人は年齢を重ねると生き方が確立され、変わらないことによって目先の安定を得ようとするものです。しかし、あえて変わり続け、"変身資産(※)"を蓄積していくことが、人生100年時代を生き抜く鍵だと考えています。
※変身資産:自己を変身させる意思と能力のこと。自己理解や外部の人的ネットワークから形成される。
プロティアン・キャリアは、個人と組織の良い関係を生み出せるのも特徴です。なかには「社員が自律的になったら、会社を辞めてしまいませんか?」と聞く人もいます。ただ、社員が辞めるのは自律的になったからではなく、ほかに理由があるからです。プロティアン・キャリアを推進することで、エンゲージメントが大きく向上し、離職率が下がった企業を私はいくつも見てきました。実際にキャリア自律を促すことで、離職率が下がるというデータもあります。組織内キャリアが、いかに社員一人ひとりのポテンシャルを抑制していたかが分かります。
――プロティアン・キャリアの育成には、企業にとってもさまざまなメリットがあることが分かりました。では、どのようにプロティアン・キャリアの育成を行えばよいのでしょうか。
プロティアン・キャリアへの移行を促すには、まず社員に業務での挑戦を楽しめるような状態になってもらうことが必要です。望ましい状態として、フロー状態が挙げられます。フロー状態とは、何かに集中し、周囲に気づかないほど没頭している状態です。人はフロー状態に入ると幸福を感じ、前向きな感情を抱くようになります。
フロー状態に入らせるには、社員のスキルと業務の難易度のバランスを整える必要があります。というのも、業務が簡単すぎると退屈させてしまい、難しすぎると不安を抱かせてしまうためです。社員に業務を任せる際にはスキルレベルと難易度を意識することで、フロー状態によって前向きな成長を促進できるようになるでしょう。
プロティアン・キャリアの特徴は、内的な満足度である「心理的成功」を尺度としている点です。そのため、社員一人ひとりの声を丁寧に聞いたうえで、本人の希望をかなえられるような環境を用意してあげることが大切でしょう。例えば、「今何に困っているのか」「どんな思いで仕事をしているのか」「何があればこの会社でワクワクして働けるのか」などをヒアリングします。田中教授が顧問をしている企業様のなかにも、50代以上は全員面談という企業がありました。人事制度や組織構成を整える前に、まずは社員の声を聞くことが重要です。
プロティアン・キャリアの形成方法は、社員の年齢や階層によって異なります。というのも、年代ごとに抱えている課題が違うからです。例えば、ファーストキャリアの多くは、不透明な将来に対して漠然とした不安を抱えています。またミドル・シニアは、組織内キャリアに依存してしまい停滞感を覚えるケースも少なくありません。だからこそ、階層に合わせて適切な施策を打つことが大切です。例えば、ファーストキャリアに対しては......
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人材開発の施策をすべて自社だけで企画・実行するとなると、リソースや準備時間が不足してしまう事態も考えられます。その際、外部の専門家に協力を仰ぐことで、スムーズに最適な人材開発を行うことができるでしょう。当社では年代別のキャリアデザイン研修やローパフォーマーの再活性化研修など、豊富な育成手法で人材開発をご支援しています。自社の人材開発について課題をお持ちの際には、ぜひ当社までお気軽にお問い合わせください。