不安定な社会情勢を背景に、従業員が定年前に退職する「早期退職・希望退職」の募集が増加しています。東京商工リサーチによると、2024年1月から8月の間に早期・希望退職者を募集した上場企業は41社に達し、前年同期の28社から大幅に増加しました。また、早期退職の募集は、3年ぶりに年間1万人を超えるペースで推移しています。この傾向は、労働市場の変化や経済情勢の影響を反映しており、従業員のキャリア選択にも新たな展開をもたらしています。
そこで今回は、「早期退職・希望退職が生まれた背景」「早期退職・希望退職の違い」「早期退職・希望退職の制度を運用するときに注意すべきポイント」など、企業が知っておくべき情報を分かりやすく紹介します。
※参考:2024年1-8月 上場企業「早期退職」募集41社 募集人数は前年1年間の2.2倍、7,104人に急増|東京商工リサーチ
早期退職優遇制度に取り組んだ企業の事例はをご紹介
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早期退職が生まれた背景には、「終身雇用」の衰退があるといわれています。
そもそも終身雇用とは、いつ生まれたのでしょうか。
歴史は、第二次世界大戦前までさかのぼります。戦前、日本は労働者の移動が激しく、特に工場の熟練工はすぐに給料の高い職場へ移動する傾向にあったようです。工場は何とか優秀な人材を引き止めようと、勤続年数に合わせた昇給制度(年功序列制度)や積み立て式の退職金などを導入しました。これによって人材の長期雇用が進んでいきます。さらに戦後、労働者の立場を守る「労働三法」が定められ、労働者たちは春闘でさらなる生活の安定を叫ぶようになりました。その後、高度経済成長で財政的にも豊かになった日本の企業は、こぞって年功序列を前提とした「終身雇用」を導入しました。これによって「入社すれば定年まで安泰」の文化ができあがったのです。
しかし1990年代、バブル崩壊で企業の倒産が相次ぐとともに、終身雇用に懐疑的な空気が生まれはじめました。2000年以降は日本で人口減少が顕著になり、企業の国内市場への投資は減少します。消費者の嗜好は多様化し、市場を先読みする難しさも増していきます。またグローバル化によって市場競争は一層激しくなり、企業は常に経営上のリスクに晒されるようになりました。従業員を生涯雇用しつづけるための維持コストが、重くのしかかるようになったのです。こうして企業が退職者を募る「早期退職・希望退職」制度が生まれ、浸透していきました。
早期退職制度とは、定年前に従業員が組織を退職できる制度のことをいいます。恒常的に従業員が応募できる制度で、「福利厚生」としての意味合いが強いです。一般的に応募者には「退職金の割り増し」や「再就職支援」などの優遇措置が用意されています。企業から従業員に対して退職を促す「退職勧奨」がある場合と、そうでない場合があります。
一方の希望退職制度は、企業が将来の経営リスクに備え、時期を限定して早期退職者を募る制度です。これに応じて退職する従業員には、早期退職制度と同じく「退職金の割り増し」や「再就職支援」などの優遇措置が用意されていることが一般的です。また、早期退職制度と違う部分でいうと、"時限的"に応募を募るため、ほとんどの場合従業員への「退職勧奨」が伴います。
では、企業が希望退職の募集に踏み切る"目的"とは何でしょうか。大きく3つ紹介します。
現在はグローバル化によって競争が激しくなり、テクノロジーの進化で市場の変化はますます速くなっています。また、疫病や災害といった不測の事態が起こると、企業は大打撃を受けかねません。さまざまな影響で経営が悪化したとき、人件費は企業にとって重たいコストです。その際、会社が「整理解雇(リストラ)」へ踏み切る前段階として、希望退職を募ることがあります。最悪の事態を回避するための、苦渋の決断ともいえるでしょう。
2つ以上の企業が「合併」や「株式交換」などによって1つになったとき、どうしても重複部署が出てきます。例えば、「合併する2社間で、バックオフィス部門に機能の同じ部署があった」といったケースです。その際、重複部署の人件費を削減するために、希望退職を募ることがあります。
また、組織再編によって企業の目指すべき姿が変わり、求めるスキル・人物像が変わってくるケースもあるでしょう。例えば、「顧客の新規開拓に注力する経営方針になったため、関係構築よりも新規営業のスキルが求められるようになった」といったケースです。この場合にも、新たな人材を採用すると同時に希望退職を募り、組織の"新陳代謝"を図ることもあるのです。
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赤字や組織再編などの特別な状況はなくても、希望退職を募るケースもあります。それが、「黒字リストラ」と呼ばれるものです。例えば、中高年層の希望退職を募ることで、若い社員に所得を分配したいという狙いがあります。また、黒字リストラと併せて「賃金・評価・育成制度を変える」「ジョブ型雇用(学歴や年齢ではなく業務スキルを重視した採用)に変える」「大胆な若手の登用を図る」など、複合的な施策を行うことによって実力主義の社風を根付かせることも可能です事実、東京商工リサーチの調査では、2019年に早期退職・希望退職を募った上場企業の57%は経営状態が黒字でした。
「人件費の削減」「組織の若返り」「年功序列から実力主義への変更」など、企業にとってメリットのある希望退職ですが、もちろんリスクもあります。ここでは、大きく分けて3つ紹介します。
早期退職や希望退職の際の問題点と労働紛争回避のポイントを解説
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希望退職を募る際、部署や年齢は限定できても、誰が応募してくるかまでは正確に把握できません。ときにはマネージャーやリーダーなど、重要な役職に就いている人材が辞める可能性もあります。人件費は削減できるものの、組織全体の能率が落ちてしまい、結果的に会社がダメージを受けてしまうこともあるでしょう。
会社が大量の希望退職を募りはじめると、組織内にさまざまな憶測を呼ぶことがあります。例えば、「この会社はこの先大丈夫だろうか」「次は自分が対象になるのではないか」とネガティブな感情を抱いてしまう社員もいるでしょう。結果として、それが組織全体のモチベーション低下につながってしまう恐れもあります。
希望退職を募る際は、退職者に対して「退職金の割り増し」をはじめ優遇措置をつけることが一般的です。希望退職に応募してもらうには、基本的に優遇措置は「会社に残り続けるよりも良い待遇」でなければいけません。そのため、応募者が多い場合は想定以上のコストがかかってしまう可能性もあるでしょう。
実際に希望退職を募るとき、不手際があると従業員とのあいだに軋轢を生みかねません。そこで、「希望退職制度」を運用して早期退職者を募るとき、企業が気をつけなければいけない6つのポイントを紹介します。
また、人事にとって避けては通れない"悩ましい業務"への対応や解決方法に関して、こちらのお役立ち資料でわかりやすく解説しております。併せてご一読ください。
希望退職の募集を決めたにもかかわらず、それに対して懐疑的な経営層や現場の幹部クラスがいると、頓挫する可能性があります。そうなると、社内の混乱を招きかねません。希望退職を募るときは、「早期退職者を募ることが絶対に必要である旨」を、経営状況も踏まえて経営層や現場の役職者に説明すべきです。そして、社内のコンセンサスを得たうえで進めることで、無用なトラブルを避けることができるでしょう。
予期せぬ優秀な人材が希望退職に応募してしまうと、会社にとってダメージになりかねません。そのため、誰が希望退職の対象なのか、より具体的に広報することが大切です。「年齢」「雇用形態」「勤続年数」「人数」は最低限決めておきましょう。例えば、「45歳~55歳の正社員(勤続10年以上)10名程度」と数字も具体的にすることが大切です。また、「会社が必要と認めた者は除きます」とただし書きをしておくと、優秀な人材の流出も防げます。
対象者がスムーズに応募できるように、応募期間・方法を明確にすることが大切です。例えば、募集期間は「7月1日~7月21日」と具体的に設定します。応募方法は、「誰に申し出ればよいのか」「口頭・書面どちらで申し出るのか」も明記しましょう。例えば、「規定の書面で人事部○○(または現場上司)まで申し出ること」と、決めておきます。これによって「口頭で伝えれば退職できると思ったのに」といったトラブルも回避できます。
希望退職にあたって、社員と円満な合意形成ができるように優遇措置を設けることが多いです。優遇措置の内容が曖昧だと、後々のトラブルにつながりかねません。特に以下の内容は具体的に決めておきましょう。
優遇制度について詳しくは「早期退職優遇制度とは?優遇措置の種類や導入までの流れを分かりやすく解説!」をご一読ください。
◆退職金の割り増し
希望退職では、通常の退職金よりも金額を上乗せして支給することが多いです。一般的には、月例給与(基本給)に対し規定の月数を上乗せします。加算月数については、計算式やマトリックスをあらかじめ用意することが必要です。退職金は従業員の生活に大きく影響を与えるので、抽象的な表現は避けることが大切でしょう。
◆有給休暇の取得(または買い上げ)
早期退職・希望退職に応募してから、退職するまでに有給休暇を消化する必要があります。ただ、もし消化しきれないほど余っていた場合は、日給や時給に換算して買い上げる必要が出てくるかもしれません。会社によって換算方法はさまざまですが、その計算方法についても具体的に決めておくことが肝心でしょう。
◆再就職支援
再就職支援とは、退職者の再就職をあっせんするサービスです。人材を手放す企業があらかじめ「再就職支援会社」と契約しておくことで、退職者は再就職の支援を受けられます。具体的には、専任カウンセラーによる再就職先の紹介・履歴書の添削・面接練習などの手厚い支援を受けながら、早期に再就職を目指せるサービスです。
なぜ企業が再就職支援を導入するのかというと、早期退職・希望退職の対象となるのは、ミドル・シニア層の人材が中心です。こうした人材は年齢がネックになり、再就職が難航するケースもあります。だからこそ、退職者が早く経済的・精神的に安定した生活を送れるよう、ケアとして再就職支援を導入しておくことが大切なのです。
「早期退職・希望退職に申し出れば必ず退職できる」、と考える従業員もいるかもしれません。そうなると、予期せぬ人材が次々に辞めていく恐れもあります。そのため、早期退職するためには「会社の承諾」が必要であることを伝えておくべきでしょう。企業と従業員、両者の合意があって初めて、希望退職は成立します。
早期退職・希望退職について十分な説明がなされていないと、従業員に「よく分からないまま辞めさせられた」と不満を持たれる可能性もあります。最悪の場合、訴訟にもつながりかねません。そのため、従業員が不安・疑問に思っていることがあれば、企業として親身に相談に乗る姿勢が大切です。円満な合意形成ができるよう最大限努力することこそが、希望退職を募る企業の"社会的な責任"といえるかもしれません。
早期退職・希望退職を募るときは、目的・応募条件をはっきりさせてから運用することが大切です。また、再就職支援をはじめ退職者のケアをお考えの際は、まず外部のプロフェッショナルに相談することをおすすめします。
また当社では、希望退職の運用支援も行っています。下記にて事例を紹介していますので、ぜひあわせてご覧ください。
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