「頭痛のタネは新入社員」「えっ!?もう辞める?」
多くの経営者、人事担当者、上司の皆さんが、新入社員にそう感じているのではないでしょうか。実は、これは私が書いた本のタイトルとキャッチコピーです。ただし、2008年の発行で、今から20年ほど前の2000年代初頭の早期離職傾向と、そこに対峙する上司の皆さん向けに書いたものです。
私が人材育成を志し、起業した年に書いた思い入れある一冊。現在新入社員の上司層にあたる課長層は、社会人20年目前後の40代の方が多いことでしょう。つまり、今の上司世代が新入社員の時、当時の上司も同様のマネジメント課題を感じていたのです。
「今どきの若者は・・・」とぼやく声は、古代ローマ時代からあったと言われますが、若手社員の動機づけや育成に悩む上司の気持ちは、いつの時代も変わらないのかもしれません。巷では「Z世代」の若者論が跋扈していますが、それとて過去を遡れば、「ゆとり世代」「さとり世代」「バブル世代」「新人類」と、大人たちから指摘され続けてきた流れの延長。古い常識に縛られていない若者であることに、変わりはないのかもしれません。
もちろん、インターネットやSNSの浸透や少子高齢化など環境が変わっているので、その影響による若者の社会的な見られ方は変わりますが、いつの時代も若者は若者。かつ、若者は時代を映す鏡なのです。その意味においては、育成マネジメントも、手法は時代に応じて変わりますが、上司として部下に向き合う本質は普遍であると思います。
組織を束ねるビジネスリーダーに求められる姿勢は、過去のパラダイムに固執せず、新しいパラダイムにチャレンジしていくことも普遍です。よって、若手部下は、まさに新しいパラダイムの当事者であり、マネジメントを通じて若者から学ぶという視点も大切なのではないでしょうか。
ここ数年ほどを振り返るだけでも、コロナ禍や地震などの天変地異、国内外で多くの社会問題が発生し、政治の迷走や企業の不祥事も続発しています。待ったなしの地球温暖化問題も、各国の利害対立で合意困難。ロシアとウクライナやイスラエルとガザの戦争も、国際社会分断を背景にジワジワ世界中を巻き込みつつあります。
国内では、国民に厳格な重税が課され増税も論議される一方、政権与党の裏金疑惑で政治不信が募っています。コロナ禍後の経済復調とインバウンド回復で景気は上向き基調ながら、GDPはドイツにも抜かれて世界第4位に。消費税と物価上昇は弱い立場の人を追い詰めています。
少子高齢化と人口減少で、働く現場の人材不足も深刻化。その最中、大企業の不祥事が後を絶たず、記者会見で頭を下げる経営陣が目立ちました。長期凋落傾向に伝統ある大企業、経験豊富なビジネスパーソンほど自信を失い気味で、悲観主義も漂います。これまでの常識や経験値が通用しない、ますます厳しい時代の到来を感じているリーダーの皆さんも、多いのではないでしょうか。
しかし、過去を振り返ると、常に「変化の時代」や「不確実性の時代」と言われてきたものです。困難のない時代はないと、腹を据えることも必要です。続発する問題を前に思考停止に陥っていては、何も変わりません。自分たちの強みに目を向けて、それぞれの立場で少しでも改善できる事柄を見つけ、1ミリずつでも前進する。そうした行動が、私たち一人ひとりに求められているのです。
平成生まれの経営学者、岩尾俊兵さんは、著書「日本企業はなぜ『強み』を捨てるのか」(光文社、2023)で、こう主張します。
「日本企業の特徴であり強みは、人を大切にする経営にあった。しかし、業績低迷で自信を失い、拙速に欧米由来の利益重視経営手法を取り入れて、強みを捨ててはいないか」
この警鐘は、まさに私が感じている問題意識と通ずるものでした。岩尾さんは、日本は経営の実践で負けたのではなく、汎用化に向けたコンセプト化に負けたのだと主張します。確かに、私の専門である人材育成や組織開発においても、マインドフルネスは瞑想に由来し、ティール組織も労使一体のボトムアップ経営に似ています。
私が営む会社でも、2008年の創業以来「働きがい」の重要性を訴え、職場を「社員が安心して働けるホーム」にしようと伝え続けてきました。これらも最近流に言えば、エンゲージメントの向上であり、心理的安全性の醸成です。
もちろん日本企業には見直すべき課題はあるものの、自己否定ありきの悲観主義や盲目的な欧米礼賛のマネジメントから、そろそろ脱却すべきではないでしょうか。
あらためて、日本企業の強みに目を向けましょう。欧米流、特にアメリカ的な経営は、短期間での巨大企業立ち上げや、収益拡大に長けています。コンセプト化に長けているが故でしょう。一方、コンセプト化は白黒をはっきりさせる単純化に通じ、単純化は対立をあおる側面もあります。
日本が誇るべき点は、長寿企業が世界一多いことです。短期に大きな利潤を得ることより、社会や顧客へのお役立ちを地道に続け、長期の信頼関係を築くことに価値を置くもの。「三方よし」や「論語と算盤」などの経営思想も、ここから生まれたと言えるでしょう。
この土台にあるのが、中長期視野での人材育成重視の経営です。欧米流のジョブ型雇用を取れ入れようとする動きが活発ですが、即戦力重視のため未経験の若者は職に就けず、若年失業率が高くなるリスクがあります。そこで、北欧では高い税金や社会保険料を徴収し、社会として育てる仕組みをつくっています。日本は残念ながら、国家予算に占める教育投資割合が世界最下位ライン。それを補ってきたのが、企業の人材育成の力でした。経験のない若者の可能性を信じて採用し、OJTや研修によって一人前に育て上げてきたのです。この強みを捨て去ってしまって、よいはずがありません。
初任給引き上げや、高い専門性を持つ若者に高給与を提示しようとする企業が増えていますが、優秀な若者が望むのはプロフェッショナルへと成長できることです。今の高給与も魅力的ですが、先々しっかり食べていける力を身に付けたいのです。長く活躍し続けたいのです。求められるのは、「働きがい」と「成長実感」が持てる鍛錬職場です。そうした企業こそが、採用難や安易な早期離職をも乗り越えられるでしょう。
人を育ててきた日本企業の矜持、そうした職場で鍛え上げられてきた上司の自信を取り戻すこと。そのためには、一人ひとりの上司が、真の上司のあり方を見つめ直し、新しいマネジメント手法を磨いていくことが欠かせません。
本連載が、マネジメントの革新や人材育成に日々尽力されている経営者、人事担当者、そして上司の皆様の一助となれば幸いです。
【第1回】なぜ大企業ほど早期離職が深刻化しているのか?
【第2回】Z世代の「若手を育てるマネジメントループ」とは?
※若手の働きがいを育み成長を促す「上司力」マネジメントの考え方と実践手法についてより詳しく知りたい方は、拙著『Z世代の早期離職は上司力で激減できる! 若手社員の「働きがい」と「成長実感」を高める3つのステップ』(FeelWorks、2024年4月)をご参照ください。
人を育て活かす「上司力®」提唱の第一人者。(株)リクルートで『リクナビ』『ケイコとマナブ』『就職ジャーナル』などの編集長を経て、2008年に (株)FeelWorks創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、研修事業と出版事業を営む。「上司力®研修」シリーズ、「ドラマで学ぶ『社会人のビジネスマインド』」、eラーニング「パワハラ予防講座」「新入社員のはたらく心得」、「50代からの働き方研修」等で、400社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年(株)働きがい創造研究所設立。情報経営イノベーション専門職大学客員教授、(一社)企業研究会 研究協力委員サポーター、(一社)ウーマンエンパワー協会 理事等も兼職。30年以上、一貫して働く現場から求められる上司や経営のあり方を探求し続けており、人的資本経営、ダイバーシティマネジメント、リーダーシップ、キャリア支援に詳しい。連載や講演活動も多数。
著書は『部下全員が活躍する上司力 5つのステップ』(FeelWorks)、『部下を活かすマネジメント“新作法”』(労務行政)、『本物の「上司力」』(大和出版)、『人を活かす経営の新常識』(FeelWorks)、『ダイバーシティの教科書』(総合法令出版)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『一生働きたい職場のつくり方』(実業之日本社)、『50歳からの逆転キャリア戦略』(PHP研究所)、『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)、『50歳からの人生が変わる痛快! 「学び」戦略』(PHP研究所)等約40冊。最新刊は『Z世代の早期離職は上司力で激減できる!「働きがい」と「成長実感」を高める3つのステップ”』FeelWorks、2024年4月1日)。
※「上司力」は株式会社FeelWorksの登録商標です。
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