研修やセミナーをはじめ、「Off-JT」を人材育成に取り入れている企業も多いと思います。実際、厚生労働省の調査(※)によれば、令和元年度にOff-JTを実施した事業所は「76.0%」にものぼりました。ただ、こうした企業のなかにはOff-JTで目立った成果を得られず、施策の見直しを迫られている企業も決して少なくありません。
そこで今回は、キャリア教育の第一人者である初見康行氏(多摩大学 准教授)をお招きし、「若手人材の育成における効果的なOff-JTの活用方法」についてお話を伺いました。「外資系と日系企業の人材育成には、"意外な差"がある」「効果的なOff-JTを行うにはマインドセットが重要」など、人事担当者の方必見の内容となっています。
ちなみに本稿は、前半で「Off-JTの種類」や「OJTとの違い」などの基本的な知識について解説したうえで、後半で初見准教授による「マインド面に働きかける効果的なOff-JTのポイント」を紹介します。Off-JTの活用方法について基礎から応用まで理解できる【特別版】となっていますので、ぜひ最後までお付き合いください。
※参考:令和元年度「能力開発基本調査」|厚生労働省(PDF)
そもそも「Off-JT」とは、どのような育成手法なのでしょうか。育成内容の具体例も合わせて解説します。
Off-JT(Off-the-Job-Training)とは、日常業務を離れて実施する研修やセミナーのことをいいます。座学やワークショップを通じて、ビジネスマナーの基本から実務に必要な知識まで体系立てて教示できるのが特徴です。Off-JTで取り上げるテーマは多岐にわたるため、自社の社員が講師を務めることもあれば、外部の専門機関に委託することもあります。近年はWeb会議ツールを活用し、オンライン形式で行われることも珍しくありません。
研修やセミナーは、社員の階層別・課題別に実施されることが一般的です。例えば、新入社員向けに「ビジネスマナー研修」や「コンプライアンス研修」、若手・中堅社員向けに「キャリアデザイン研修」や「次世代リーダー育成研修」、管理職向けに「マネジメント研修」や「コーチング・フィードバック研修」などが実施されます。
ちなみに厚生労働省の調査(※)によれば、実施率の高い主なOff-JTの内容は以下のようになっています。
◆新規採用者など初任層を対象とする研修......75.4%
◆新たに中堅社員となったものを対象とする研修......48.0%
◆マネジメント(管理・監督能力を高める内容など)......47.0%
◆ビジネスマナー等のビジネスの基礎知識......43.3%
◆新たに管理職となった者を対象とする研修......42.5%
入社や昇格のタイミングで、社員に必要なマインド・スキルセットを形成させる研修が多いことが分かります。
Off-JTの具体的なカリキュラムについて「社員教育の効果的な手法・カリキュラム例とは?【オンライン研修も解説】」で紹介しておりますので、あわせてご覧ください。
※参考:令和元年度「能力開発基本調査」|厚生労働省(PDF)
Off-JTを実施することで、企業や社員にとってどのような利点があるのでしょうか。
ここでは大きく4つのメリットを紹介します。
Off-JTの最大のメリットは、社員に体系的な知識・ノウハウの習得を促せることです。普段社員は目の前の業務に追われていると、どうしても学びを得る「インプット」の機会があと回しになってしまいます。その点、研修やセミナーでまとまった時間を設けることで、社員に必要な知識・スキルをじっくりと学ばせることが可能です。
Off-JTでは、「1対多数」という育成スタイルの特性上、育成効果を均一化しやすいのも特徴です。先輩社員から直接業務を教える「OJT」では、どうしても先輩社員の育成スキルによって後輩社員の成長度が変わります。その点、研修では同時に同じ内容を教示できるため、社員ごとの習熟度のバラつきも抑えやすくなるでしょう。
Off-JTが実施されない場合、配属先の現場社員にすべての育成を委ねることになります。そうなると、先輩社員や管理職は普段の仕事をこなしながら、育成カリキュラムの作成や後輩社員の指導に多大な時間を割かなければいけません。その点、基礎的な教育を研修やセミナーで行っておくことで、現場社員の負担も軽くなるでしょう。
研修やセミナーは、まとまった人数の社員に対して一度に行われることが一般的です。そのため、研修内でワークショップやチーム作業を組み込むことで、参加者同士で交流の機会を設けることもできます。同じ階層の社員が横のつながりを広げやすくなるため、職場における安心感の醸成やチームワーク強化にもつながるでしょう。
Off-JTとは対照的に、現場で行われる育成が「OJT」です。
ここでは、OJTの意味やメリットについて解説します。
OJT(On-the-Job-Training)とは、配属先の現場で実務を通じて行われる育成手法のことです。主に先輩社員や管理職が育成役を担い、実務に必要なスキル・知識を教示します。例えば、営業職の社員であれば、先輩社員の商談へ同行させたり、ロールプレイングや企画書の作成補佐をさせたりしながら実務の流れを習得させます。
OJTの最大のメリットは、教える内容が実務と直結している点です。業務の流れに沿って現場の社員が指導を行うため、社員をスムーズに即戦力化へつなげられます。また、現場のコミュニケーションを活性化できることも利点のひとつです。Off-JTは参加者同士の「横」のつながりを広げられるのに対し、OJTでは先輩・後輩という「縦」のつながりを深められます。社員間の信頼関係が深まることで、組織の雰囲気もより良くなるでしょう。
一方で、OJTには「現場の負担が重くなってしまう」「育成担当によって社員の成長度が変わってしまう」というデメリットもあります。そのため、デメリットを補えるような育成手法をうまく組み合わせることが必要です。
Off-JTに関しても、メリットだけではなくデメリットが存在します。ここでは、2つのデメリットを紹介します。
研修やセミナーで教示する内容は、もちろんどれも長い目で見れば社員の成長には欠かせないものです。ただし、テーマによっては実務との関連性が薄く、短期的に効果が見えにくい場合もあります。そうなると、経営層や現場の管理職からOff-JTの必要性を疑問視され、育成にかける時間や予算が減らされる可能性もあるかもしれません。そのため、実務と直結した育成手法とOff-JTをうまく組み合わせ、相乗効果を生み出す工夫が必要です。
研修やセミナーでは、座学形式で講師から参加者へ一方的に情報を発信するケースも珍しくありません。そうなると、参加者が「聞いているだけ」「その場にいるだけ」になってしまい、参加意識が薄くなる場合もあります。受け身で受講させてしまうと、どうしても育成効果も下がってしまうでしょう。そのため、Off-JTを実施する際には、参加者の興味・関心を引きつけ、集中力を高められるような仕組みも合わせて検討することが重要です。
Off-JTの効果を高めるためには、どのようなことを意識すればよいのでしょうか。
ここでは、大きく4つのポイントについて解説します。
Off-JTとOJTには、それぞれにメリット・デメリットがあります。だからこそ、各手法を組み合わせてデメリットを補うことで、育成効果を高めることが可能です。例えば、Off-JTはどちらかと言えばキャリア観の醸成やコンプライアンスの徹底など、社員に気づきを与えたり、モチベーションを高めたりする「マインドセット」に適しています。そのため、研修・セミナーで意識醸成を図ったうえで、OJTによる実地指導を行えば社員のスムーズな学びを促進しやすいでしょう。Off-JTとOJTはそれぞれの役割を明確に決め、実施することが重要です。
社員の参加意識を高めるには、あらかじめOff-JTの目的・意義を周知しておくことが大切です。例えば、「ロジカルシンキングについて理解を深めることで、スムーズに商談を進められるようになる」「コーチングスキルを習得し、部下から信頼される管理職になる」など、参加者がメリットを感じられる内容だと集中力も高めやすいでしょう。また、「研修後にどうなってほしいか」というゴールを決めておくことで、研修後の効果も振り返りやすくなります。研修後も上司が進捗をフォローすることで、より確実に社員の成長につなげることが可能です。
Off-JTでは企業が一方的にテーマを選ぶのではなく、社員が「今学んでおきたい」と感じられる内容を盛り込むことも参加意識を高めるポイントです。マンパワーグループのアンケート調査(※1)によれば、社員が必要だと感じる教育・研修制度として最も回答が多かったのが「コンプライアンス研修」(97.9%)でした。また、厚生労働省の調査(※2)では、正社員が向上させたい能力・スキルの内容として、「マネジメント能力・リーダーシップ」(42.5%)、「課題解決スキル(分析・思考・創造力等)」(38.1%)、「ITを使いこなす一般的な知識・能力(OA・事務機器操作(オフィスソフトウェア操作など))」(30.3%)が多くなっています。こうした必要性の高いテーマを選ぶことで、参加者の主体性や積極性を高め、より良い研修効果につなげることができるでしょう。
※参考1:正社員の半数が自社の教育・研修制度に不満。必要とされる教育・研修制度とは?|マンパワーグループ
※参考2:令和元年度「能力開発基本調査」|厚生労働省(PDF)
なかには新入社員研修やリーダー向け研修などの内容を、毎回使いまわしている企業もあるかもしれません。ただ、自社の研修に不満を持つ社員の声として、「研修の中身が毎年同じ」「時代の潮流に合っていない」という意見もよく聞かれます。そのため、時代に合わせて内容のアップデートを図ることもポイントです。例えば、ハラスメントやコンプライアンスの最新事例を盛り込んだり、業界の動向や社員のキャリア観に合わせてテーマを変えたりという工夫が必要でしょう。時代に即した内容の方が、参加者の学習意欲もより高めやすくなります。
ここまでは、Off-JTのメリット・デメリットや成功のポイントについて解説してきました。
ここからは、先日開催された初見康行准教授による特別セミナー『若手リーダーへの効果的なキャリア施策とは』より、専門家から見た「Off-JTの必要性」や「実施のポイント」について抜粋して紹介します。記事の最後には、無料で視聴できる実際のセミナー動画もありますので、ぜひお気軽にご活用ください。
「Off-JTにおいては、スキルはもちろん"マインド"へのアプローチが重要」と語る、初見准教授。
その真意とは何なのでしょうか。ここでは、Off-JTの必要性やテーマのバランスについて紹介します。
経済産業省の提言(※)によれば、人生100年時代においては「業界特性に応じた能力(アプリ)」と「社会人としての基礎能力(OS)」の習得が必要とされています。なかでもキャリア観や基本的なビジネススキルといった「OS」は、人が働いていくうえで土台となる部分です。そして、私は特にキャリア観(マインド)の育成が重要と考えています。というのも、キャリアの方向性が決まらなければ、必要な能力も選び取れないからです。
※参考:社会人基礎力「人生100年時代の社会人基礎力」説明資料(PowerPoint形式:176KB)|経済産業省
今まで多くの企業の皆さまは、職種や業種ごとの専門ノウハウ(アプリ)や基本的なビジネススキルについては、OJT・Off-JTで注力されてきたと思います。ただ変化の激しい時代においては、必要な知識・スキルをすべて企業主導で教えていくことは至難の業です。また終身雇用も崩壊しつつあり、今後は社員自身の自律的な学びに委ねる部分も多くなります。そのため、今後はキャリア観の醸成というマインド面での育成に注力する必要性も高まってくるでしょう。もちろん、スキル面での教育も重要ですので、マインド面と両輪で進めることが大切です。
公益財団法人 日本生産性本部のプロジェクト(※)で私が日系・外資系企業間における差異を調査したところ、Off-JTの実施状況に明確な違いが表れました。実は外資系の企業は、日系の企業よりも2~3倍近くソフト面(マインド面)に関するOff-JTを実施していたのです。例えば、コーチングの実施率は日系企業が「8.8%」なのに対し、外資系企業は「23.4%」でした。キャリアカウンセリングの実施率は日系企業が「7.3%」、外資系企業が「15.7%」となっています。あくまで外資系企業のブランチ(日本支社)を対象とした調査なので、本社で調査すればより大きな開きが見られるかもしれません。
※参考:日本企業の人材育成投資の実態と今後の方向性~人材育成に関する日米企業ヒアリング調査およびアンケート調査報告~
では、実際にキャリアデザイン研修やキャリアカウンセリングをはじめ「マインド面」のOff-JTを実施する際、効果を出すポイントとはどのようなものなのでしょうか。ここでは、大きく3つの点について紹介します。
プロティアン・キャリアとは、アメリカの心理学者ダグラスT・ホール氏が提唱したキャリア理論のことをいいます。組織ではなく「個人」が主体となって、時代に合わせて変幻自在にキャリア形成を図っていくことが特徴です。私が社会人2,300人を対象に調査をしたところ、実はプロティアン・キャリア志向の高い人たちの方が仕事の満足度や生産性が高いことが判明したのです。推測ベースにはなるのですが、「キャリアを自分で構築している」という自律的な意識が満足感につながっているのだと考えています。だからこそ、Off-JTにおいても社員にプロティアン・キャリアを身につけさせることで、より積極的・能動的な学びを期待できるでしょう。
プロティアン・キャリアについて詳しくは「「プロティアン・キャリア」は社員のキャリア不安に効く処方箋」をあわせてご覧ください。
マインド面の研修は、研修後に具体的な行動を起こせるかどうかがキャリア形成の成否を分けます。そのため、Off-JTでは「受講後の行動」につながるような仕組みを取り入れることも重要です。例えば、私が実施する研修では、参加者に「研修で考えたこと・感じたことを上司に必ず共有し、フィードバックを受けてください」という課題を出します。上司と話し合わせることで、日常業務における具体的な行動計画も立てやすくなるためです。研修中も「皆さんは行動に移せる人ですか?」ということを聞き、学びを実践してもらう工夫が大切でしょう。
Off-JT後の対策として、上司によるサポートが非常に重要です。というのも、たとえ研修で自らのキャリアプランを立てたあとでも、社員は日常業務に追われるなかでふと自分のキャリアに迷ってしまうことも珍しくありません。その際、上司が部下をコーチングで支え、導いてあげることが大切なのです。例えば、「将来このような姿になりたいんだよね?」「そのためには、今こういうことを頑張らなきゃいけないよね」とガイドしてあげます。「働く意味」の形成を上司が手伝ってあげることで、研修後に社員のより能動的な活躍につなげられるでしょう。ちなみに社員の年代によっても、上司のサポートによる重要性は異なります。特にフォローが必要なのは......
※この続きは、セミナー動画でご覧いただけます。無料で視聴可能ですので、ぜひお気軽にご活用ください。
Off-JTで効果を出すためには、まず社員一人ひとりに自身のキャリアを設計させる場を設けることが重要です。社員もキャリアの目標が明確になれば、研修やセミナーにも目的意識を持って参加できるようになるでしょう。
そこで当社では、若手人材にキャリアの設計を促し、自律性を育むためのキャリアデザイン研修『Career Rudder』を実施しています。社員にキャリアの目標や具体的な行動計画を立てさせることで、モチベーション向上や早期離職の防止などにつなげることが可能です。オンラインでいつでも受講できる「eラーニング形式」での実施にも対応しています。若手社員の育成やOff-JTの効果に課題をお持ちの際には、ぜひお気軽にお問い合わせください。