「学習する組織」の理論は、ハーバードビジネススクールのクリス・アージリスとドナルド・ショーンが1970年代後半に提唱した「学習する組織」という概念を、ピーター・センゲが1990年に「最強組織の法則」(The Fifth Discipline)として上梓、広めたものです。日本では1995年に紹介されました。ピーター・センゲも、ダニエル・キム同様MITの組織学習センターの責任者を務めています。95年と言えば、まさに私が社会人としてリクルートでHRの総合営業として仕事を始めた頃。リクルートでも、「我々自身がそんな組織になっていこう!」という機運が生まれ、先輩や同僚と熱く議論し、様々に組織実験していたことを思い出します(笑)
さて、なぜこの時期に「学習する組織」が注目されたのでしょうか?
それは言うまでもなく、この時期からビジネス環境が大きく変化し始めたからです。
元ハノーヴァー保険会社CEOであり、MIT組織学習センターの理事を務めたビル・オブライエンは、「なぜ学習する組織を目指すのか?」という問いに、以下のように答えています。
【不確実性の高い・変化の予測が難しい社会・環境が到来している。変化を予測できないのであれば、変化にいかに俊敏に適応できるか?を磨くしかない。】
ん?30年前の言葉ですが、いまでも全く変わらない問題意識ですね。。。
戦後から1990年ごろまでは、戦後に確立した東西冷戦構造のもと「足りないモノを満たす」ことに焦点を当ててビジネスが拡大していった時代です。特に、日本においては「衣食住が足りない」というレベルから始まり、生活を楽に便利にするモノをいかに良質かつ安く大量に作るか?を愚直に追求することでビジネスの成長を実現してきました。消費者が一律に貧しかったり選択肢が限られている時は、ある程度「一定の欲求」「一定の価値観」「一定のライフスタイル」に、より良く計画的にアジャストしていく能力を磨くことが重要ですし、大量の人が一律に集中的に行動することで成果が拡大しやすくなります。
ところが、1989年のベルリンの壁崩壊に象徴されるように、ある種安定的であった環境が一気に流動化し始めたのが90年代。多くの人の生活レベルが向上し、物理的豊かさが一定程度満たされると、貧富の差は拡大し始め、ライフスタイルは多様化し始めます。さらに、グローバルレベルでのサプライチェーンが生まれかつ競争が始まり、技術革新スピードもどんどん加速していくと、もはや「いつ、どこで、どんな」ライバルが現れるか?「いつ、どこで、どんな」リスクが発生するか予測不能なビジネス環境になっていきます。
そんな90年代の後半に、インターネットが登場し、「不確実性の高い・変化の予測が難しい社会・環境」はますます拡大するようになったのです。
それから30年。
天候不順やコロナウイルスのパンデミックに表れているように、私たちを取り巻く環境は地球規模で「さらに不確実性の高い・変化の予測が難しい社会・環境」になってきています。「学習する組織」の理論が、「古くて新しい」というのは、30年前に提唱された組織理論でありながら、私たちがいまだに「乗り越えられていない」現在問題に役立つ視点だからです。
さて、ビル・オブライエンは「変化に俊敏に対応・適応する組織の4つの特性」として以下を挙げています。
① 「権力を分散させる」、ただし混乱しない整然としたかたちで。
→指揮命令・管理といった「強制による規律」の代わりに、自律性によって権力を分散させる。
=「想い」と「価値観」と「ビジョン」を企業経営に持ち込む。
※つまり、意思決定を中央集権的に一部の人に集約するのではなく、変化の最前線で意思決定・行動変容を起こすことが必要だということです。そして、その際の「現場の意思決定」にブレが出ないようにするために、想いや価値観やビジョンといった「組織としてのベクトル」を共通イメージとして誰もが持つことが重要だということです。
② 「システム的な理解力」を備える
→科学的な解決策・還元主義的思考 から 相互関連性・システム的理解へ
※ここが、ダニエル・キムの成功循環モデルにも繋がる部分ですね!私たちは、問題解決を考える際に、問題を引き起こす「要因」を因子分解し、その要因を潰していくことで問題を解決するロジカルシンキングに慣れています。
しかし、多くの事柄がどんどん複雑に連鎖的につながってきている環境の中で、そのつながり(これをシステムと呼びます)を理解・考慮せずに、最前線で局所的な問題の要因に対処したら、その行動が別の問題を引き起こすことが大量発生します。だからこそ、現場で問題に直面するメンバー一人一人が「つながり(システム)」を理解し考慮するための情報共有と学習が非常に重要だという事です。
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③ 「対話」の技術を備える
→表面的な雑談や、建前で話するのとは違う種類の「対話」。
※ここもダニエル・キムの「関係の質」「思考の質」に繋がる部分です。②で言及したように、ある問題を解決する際には、つながりと影響範囲を考慮し、影響する当事者が即時に集まって、議論・調整・意思決定をしていく必要があります。役割・立場の違う人たちが集まって討議するのですから、利害関係や軋轢が生じるのが当然です。それでも、全体最適を合意していくためには、集まる当事者の「関係の質」と本音で話し素直に聴きあう、「対話」の技術が非常に重要だということです。
④ 「自発的フォロワーシップ」を備える
→職権による命令や権力で部下に変化を強いる組織から、部下自らが変化する組織へ。
※最前線で問題に直面する人が、自ら責任を持って意思決定・行動変容するためには、一人一人が全体の価値創造の一翼を担う「当事者」である意識が必要です。リクルートでは「圧倒的当事者意識」とよく表現しますが、「自分はどうしたいのか?どうすべきなのか?」を常に考え、意思決定し続ける機会を創ることが重要です。
以上4つが、変化に俊敏に対応・適応する組織の4つの特性です。
そして、「学習する組織」の理論は、組織としてそんな特性を備えるための理論です。
という5つの組織能力を育てる方法論です。
「学習する組織」が日本に紹介されてから30年が経ちました。しかし、いまだに多くの経営者から「社員が主体的に動かない」という声が聞かれます。それは、「主体性に欠けた人間が増えている」からでしょうか?だから「主体性のある人材を採用しよう」で、解決する問題なのでしょうか?
私は「主体性のある人材を採用しよう」で、解決する問題だとは思いません。もちろん、個々の経験・体験によって「主体的に行動する」ことへの現時点の差があることは事実だと思うので、採用により解決しようすることは半面の最適解だと思います。ですが、どんな人でも「人生のある小さな一瞬を切り取れば、主体的・能動的に行動したことがある」というのも真実ではないでしょうか?つまり、「人間には誰しも、もともと主体的・能動的に行動する才能が備わっている。」
それが、ある環境・状況に置かれ続けることによって、「主体的・能動的に行動する才能」が蓋をされ続けていると診れば、いかにして「主体的・能動的に行動する才能」を解き放つか?に問題解決の視点が移ります。その「主体的・能動的に行動する才能」を解き放つ方法論が、「学習する組織」なのです。
ピーター・センゲは、「学習する組織」を以下のように定義しています。
「自分たちが本当に望んでいるものに一歩一歩近づいていく能力を、自分たちの力で高めていける集団」 = 素晴らしいチーム。
そして、「学習する組織」=「素晴らしいチーム」の成長過程では以下のサイクルが回ることを明らかにしています。
「信念や仮説は、経験によって変化する可能性がある。(関係の質・思考の質)
組織の文化の運び手は、自分たちが繰り返し語るストーリーである。
見る目が新しくなり、新しい経験を重ねるにつれて、次第に新しいストーリーが語られるようになるのである。(対話と関係の質)」と述べています。
つまり、「主体的・能動的に行動する才能」を解き放つポイントは、メンバー自身に「新たなチャレンジ・経験の機会」を与え、その機会で「自ら責任を持って、悩み・意思決定し、結果を出す」ことに取り組ませ、その経験を「自分の言葉で振り返る」ことで新たなスキル・能力を獲得させることに起点があります。そして、その機会を創り、豊かな振り返りの時間を生み出すことがマネージャーの重要な役割となるのです。
私の主催するマネージャー向けピープルマネジメントトレーニングは、このモデルを念頭に置いて、チームの中心たる「マネージャー」が「新たなスキル・能力」を獲得するトレーニングであり、トレーニングの過程で「新たな経験・体験をする」ことで「新たな意識や感性が育つ」きっかけとなることを狙って設計しています。なので、参加した多くのマネージャーから、「目からウロコが落ちた」「自分の考えの軸線が変わった」といった声が多く聞かれます。
そして、ひとりひとりパーソナリティの異なるメンバーと、本音で語り合える関係の質を築く入り口として、PSAパーソナリティ診断を活用して貰っています。(これも新しい経験・スキルとなります)
変化に俊敏に対応・適応する組織を育てることに関心のある方はぜひお問合せください。
1996年株式会社リクルート入社。7年間、人材総合事業にて創業経営者系企業を中心に中小~上場企業まで300社以上の企業の新卒・中途採用/人材育成プログラム導入/人事評価制度導入などの課題解決に従事。事業戦略・営業戦略を人事戦略に落とし込むスキルを磨く。その後10年間、カーセンサー事業にてメーカー・ディーラー担当ゼネラルマネジャー、カーセンサー東海版 編集長兼版元長、営業戦略ゼネラルマネジャーを歴任。営業戦略の策定/実行、営業行動マネジメント改革/全国展開、ナレッジマネジメント改革、営業マネジャー・リーダーの戦略実行コーチングに従事。営業組織の変革を主導し業績のV字回復に貢献。2013年、リクルートを退職し株式会社イー・ブリッジCに参画。『 「個」の可能性と主体性を引き出すONLY1のソリューションを 』をテーマに、PSAパーソナリティ診断 × コーチング/関係性システムコーチング技術を基盤にした各種トレーニング・セッション提供とエグゼクティブコーチングに従事。