株式会社FeelWorks代表取締役/青山学院大学兼任講師 前川孝雄氏
私自身の経験からも、上司という立場は苦労が多いものだと実感します。人と真剣に向き合えば、時にはしんどい思いをすることもあります。上司が一生懸命でも、部下が「面倒くさい」「うっとうしい」と感じていて、思ったようにコミュニケーションが取れないといったこともあるものです。
しかし、部下の成長を願って真摯に向き合い続けていれば、その思いはいつか必ず届きます。そして、部下が成長してブレークスルーする瞬間に立ち会えたり、育てた部下を率いて組織で大きな成果を上げたりする感動は、それまでの苦労が全て吹き飛ぶほどの威力があります。部下の育成とは、とても魅力的な仕事であると確信しています。
私が前職の管理職時代に体験したエピソードを紹介したいと思います。
私が新しく任されたチームに、仕事への意欲が見られない若手女性社員がいました。前任者からは「彼女は頑固で文句が多く、仕事に身が入っていない」と聞いていました。
私は彼女に何が不満なのか、やりたいことは何かを聴くよう努めました。最初、彼女は「別に...」とそっけない返事をするばかりでしたが、根気よく何度も話を聴く場を設けていると、ある時、彼女が「もっと仕事を任せてほしい」と言ったのです。「アシスタントで終わりたくない。もっと自分の責任で人に働きかけるような仕事がしたいんです。」
そこで私は、当時大きく仕掛けようとしていた仕事を彼女に渡すことにしました。いきなりのことに彼女は「さすがに今の私では無理じゃないですか」「不安です」などと口にして戸惑いを見せていました。しかし私は「失敗してもいい。失敗したら任命した私の責任だから」と言って、彼女の背中を押しました。
最初は、彼女の頑固さに周囲が振り回されることもあり、メンバーからは不満の声も上がりました。本人も、慣れない仕事に悩むことが度々でした。けれども私は、周囲に「もう少し彼女にやらせてほしい」と働きかけたり、彼女の相談に乗ったりしながら「自分がやりたいと言った仕事だろう。必ずできるから」と言い続けました。
しばらくすると、周囲から彼女への文句が出ることはなくなりました。彼女独自の頑固さは仕事への強いこだわりとなり、決して投げ出そうとしない姿勢に誰もが感心していました。
私はその後間もなく異動してしまったのですが、その一年後、彼女から連絡をもらいました。「私が企画した大きなイベントがあるんです。」
当日、私はイベント会場に足を運びました。数千人が集まり、スタッフ数も100人を超えるような大規模なイベントの舞台裏で、彼女はスタッフの中心に立っていました。インカムをつけ、スタッフに指示を出したり相談を受けたりしながらキビキビと動いているその様子に、私は不覚にも涙がとまりませんでした。
部下育成は時間がかかるもの。一朝一夕に成果を感じることはできません。しかし、一度その喜びを味わえば、やみつきになるほど魅力的な仕事でもあります。皆さんにも、ぜひその魅力を味わってほしいと願っています。
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2020年6月に「パワハラ防止法」が施行され、企業に職場のハラスメント防止が義務付けられました(中小企業は2022年4月施行)。近年のハラスメントへの意識の高まりもあり、上司が部下を指導する際に、「これはハラスメントになるのでは?」と悩み、言動を抑制するケースも増えています。経営側も、管理職層に対し、行政が示すハラスメントの典型例を提示し防止を呼びかけ、上司が怒りをコントロールするアンガーマネジメント研修を実施するなど、対策に懸命です。
しかし、上司が部下への言動に悩み関係を控えたり、企業が上司に対して禁止事項の周知や研修を行うことは、ハラスメント事案を抑える効果はあっても、部下と上司のよい関係を築くための根本的解決にはならないと、私は考えています。なぜなら、そこには「事なかれ主義」があるからです。「地雷を踏みたくない」と思えば、上司は部下に関わることを避け、部下の気持ちや成長に無関心になりかねません。
私は、マザー・テレサの名言の通り、「愛の反対は無関心」だと考えています。部下に対し「面倒を起こしたくない、関わりたくない」と考える「事なかれ上司」は、表面上は穏やかで平和的ですが、そこに愛情はありません。
一方、部下に対する愛情はあっても優しさがないと、部下の意見を聞いたり持ち味を活かす視点が欠け、上司の考えを押し付ける過干渉に陥りがちです。「俺の背中についてこい!」という旧来型の上司は、意図せず「ハラスメント上司」となるリスクが高いのです。
また、「ダメな部下は取り替えればいい」といういわば「冷酷な上司」は、部下に関心も優しさもないタイプです。近年は「冷酷な上司」は少なく、「ハラスメント上司」も減少傾向にあります。しかし、それに代わって増えているのが「事なかれ上司」ではないでしょうか。しかし、私が皆さんにめざしてほしいのは、優しさと愛情を持って部下に接する「本物の上司」です(図参照)。
この「優しさ」とは、決して部下を甘やかすことではありません。必要な配慮や支援は行いつつも、「仕事を任せた以上、当事者はあなた。任された仕事の範囲で、きちんと責任を負ってほしい」と部下に強く迫れる厳しさこそ、部下への正しい愛情の形です。時に嫌われることがあっても一歩踏み込み、本人のためにも必要なら、厳しく叱ることをいとわない。それが本物の上司であり、本物の「上司力」だと思うのです。
皆さんには、ぜひ、この「本物の上司力」を磨き、部下育成に力を発揮してほしいものです。
※「上司力」マネジメントの考え方と実践手法についてより詳しく知りたい方は、拙著『部下全員が活躍する上司力 5つのステップ』(FeelWorks、2023年3月)https://www.amazon.co.jp/dp/4910629041をご参照ください。
※「上司力」は株式会社FeelWorksの登録商標です。
現代の管理職を取り巻く環境は目まぐるしく変化しています。多様な部下をマネジメントし、キャリア形成や育成をしながらリーダーシップを発揮しなければなりません。マンパワ―グループ株式会社ライトマネジメント事業部は、「上司力®研修」はじめ管理職向けに現場で即活かせるソリューションをご提案します。
人を育て活かす「上司力®」提唱の第一人者。(株)リクルートで『リクナビ』『ケイコとマナブ』『就職ジャーナル』などの編集長を経て、2008年に (株)FeelWorks創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、研修事業と出版事業を営む。「上司力®研修」シリーズ、「ドラマで学ぶ『社会人のビジネスマインド』」、eラーニング「パワハラ予防講座」「新入社員のはたらく心得」、「50代からの働き方研修」等で、400社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年(株)働きがい創造研究所設立。情報経営イノベーション専門職大学客員教授、(一社)企業研究会 研究協力委員サポーター、(一社)ウーマンエンパワー協会 理事等も兼職。30年以上、一貫して働く現場から求められる上司や経営のあり方を探求し続けており、人的資本経営、ダイバーシティマネジメント、リーダーシップ、キャリア支援に詳しい。連載や講演活動も多数。
著書は『部下全員が活躍する上司力 5つのステップ』(FeelWorks)、『部下を活かすマネジメント“新作法”』(労務行政)、『本物の「上司力」』(大和出版)、『人を活かす経営の新常識』(FeelWorks)、『ダイバーシティの教科書』(総合法令出版)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『一生働きたい職場のつくり方』(実業之日本社)、『50歳からの逆転キャリア戦略』(PHP研究所)、『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)、『50歳からの人生が変わる痛快! 「学び」戦略』(PHP研究所)等約40冊。最新刊は『Z世代の早期離職は上司力で激減できる!「働きがい」と「成長実感」を高める3つのステップ”』FeelWorks、2024年4月1日)。
※「上司力」は株式会社FeelWorksの登録商標です。
https://www.feelworks.jp/