株式会社FeelWorks代表取締役/青山学院大学兼任講師 前川孝雄氏
本連載の【第1回】では、「上司の本来の役割は、部下に指示命令をして従わせることではなく、部下が自律的に働ける環境を整え、一人ひとりが働きがいを感じながら成長・活躍する伴走者だ」と述べました。そのような「上司力」を発揮するためには、まず部下を信じ、任せ、応援することが大切です。ここでのポイントは、本当のリーダーシップとは職位や権限による指示・命令でヘッドシップを行使することではなく、相手の主体性・自律性を重んじ、納得を得て人を動かす力だということです。
そこで、この点に関わって、リーダーとして人の心を動かすことに着目してみましょう。
組織で働く上で必要なスキルは、ロバート・カッツモデルによれば、「テクニカル・スキル(業務遂行能力)」「ヒューマン・スキル(対人関係能力)」「コンセプチュアル・スキル(概念化能力)」の3つに整理することができます(図参照)。
テクニカル・スキルはその名前の通り、実務的な業務遂行に必要な技能であり、現場プレイヤーとして磨き上げていくもの。「自分を動かすスキル」とも言えます。プレイングマネジャーとして仕事をしている方の中には、自分のテクニカル・スキルへの自信と自負が強い方もいることでしょう。
しかし、ミドル層やトップ層の立場で、テクニカル・スキルで勝負をしていくには、相当に突出した高い技能が求められるでしょう。また、テクニカル・スキルは、今後はAIやロボットに代替されていく可能性が高い領域です。従って、テクニカル・スキルだけに頼り続けることは難しいのです。
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そこで重要になるのが、ヒューマン・スキルです。テクニカル・スキルが「自分を動かす」スキルなら、ヒューマン・スキルは「人を動かす」スキルといえます。これは、人に指示・命令して強引に言うことを聞かせる力ではなく、相手の心を動かし、部下が自律的に仕事に向かう環境をつくる力です。
経営層に近づくと、コンセプチュアル・スキルがより求められるようになります。これは、「概念化」の力で、会社のビジョンや経営方針を打ち出したり、経営戦略、中期経営計画の要諦を策定するといったスキルです。一対一のコミュニケーションで相手を動かすのがヒューマン・スキルなら、コンセプチュアル・スキルは組織をダイナミックに動かす力と言えるでしょう。
このように、上司=リーダーには、ヒューマン・スキルとコンセプチュアル・スキルに磨きをかけていくことが求められます。ここでは、「人の心を動かす」観点から、ヒューマン・スキルに着目しておきましょう。
私が営む会社が提供する「『上司力®』研修」では、上司のヒューマン・スキルを向上させるプログラムの一環で、「部下に感謝したエピソードを、受講者どうしで共有する」ワークをよく行います。
上司は、部下に対し不満を抱えていることが多いものです。「部下が指示待ちで困る」「指示しても、その通りにできない」「文句ばかり言う」「モチベーションが低い」...部下の日頃の状況を訊くと、ネガティブな言葉が炸裂します。しかし、私が部下に感謝したエピソードを思い出すようにと促すと、上司からはさまざまなエピソードが出てくるのです。
「私が病気で出勤できず、お客さまのフォローを部下に任せたら、機転を利かせて上手に対処してくれた」「人事異動で新しい部署に来て、右も左も分からない中、部長にあれこれ指示され困っていたときに、部下が『部長の求めは、こういうことだと思います』と資料を作って助けてくれた」「自分の誕生日に出社したら、部下たちが花束でお祝いをしてくれて、とても嬉しかった」
...こうしたエピソードを語るときの上司の皆さんの表情は、笑顔でいっぱいなのです。
上司が部下に感謝したエピソードには、共通点があります。それは、上司が部下に「この方向に動いてほしい」と願う方向に、部下が自ら動いてくれている場面であることです。
そこで、私は感謝のエピソードに対し、「そのとき、恥ずかしがらずに『ありがとう』と言えましたか?」と尋ねます。そして、ぜひ心を込めて感謝を伝えるように促します。なぜなら、上司が感謝したことを理解すれば、部下も嬉しいと感じ、もっとその行動をしようと考えるものだからです。そして、この「ありがとう」を言えたときが、上司が部下の心を動かせる瞬間なのです。
昭和生まれ上司の皆さんが、部下にインセンティブを与えるようとすると、「飲みに連れ出し、ご馳走しよう」と考えがちではないですか。しかし、時と場合によっては部下にとって逆効果ですらあります。そうではなく、仕事の中でどんどん感謝し、それを言葉で伝えることで、部下の心を動かすことを考えましょう。
かつて、「『上司力®』研修」を受講した一人の管理職から、ご連絡をいただきました。その方は、「感謝すれば部下の心が動く」を信じ、実践してみたというのです。
「私には5人の部下がいますが、これまでは日頃、9割がた腹の立つことばかりでした。そこで意識して、部下に感謝したことを1週間分メモして、翌週の朝礼で伝える習慣を始めました。『先週は、〇〇をやってくれてありがとう』と部下一人ひとりに伝え続けたのです。すると、それまで一体感がなくギクシャクしていたチームの雰囲気が、次第に変わり始めました。半年たった頃には、5人の部下は全員が高いモチベーションで仕事に取り組んでくれるようになったのです!」
上司の心が部下に通じ、部下の心を動かすことが叶ったのです。
※「上司力」マネジメントの考え方と実践手法についてより詳しく知りたい方は、拙著『部下全員が活躍する上司力 5つのステップ』(FeelWorks、2023年3月)https://www.amazon.co.jp/dp/4910629041をご参照ください。
※「上司力」は株式会社FeelWorksの登録商標です。
現代の管理職を取り巻く環境は目まぐるしく変化しています。多様な部下をマネジメントし、キャリア形成や育成をしながらリーダーシップを発揮しなければなりません。マンパワ―グループ株式会社ライトマネジメント事業部は、「上司力®研修」はじめ管理職向けに現場で即活かせるソリューションをご提案します。
人を育て活かす「上司力®」提唱の第一人者。(株)リクルートで『リクナビ』『ケイコとマナブ』『就職ジャーナル』などの編集長を経て、2008年に (株)FeelWorks創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、研修事業と出版事業を営む。「上司力®研修」シリーズ、「ドラマで学ぶ『社会人のビジネスマインド』」、eラーニング「パワハラ予防講座」「新入社員のはたらく心得」、「50代からの働き方研修」等で、400社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年(株)働きがい創造研究所設立。情報経営イノベーション専門職大学客員教授、(一社)企業研究会 研究協力委員サポーター、(一社)ウーマンエンパワー協会 理事等も兼職。30年以上、一貫して働く現場から求められる上司や経営のあり方を探求し続けており、人的資本経営、ダイバーシティマネジメント、リーダーシップ、キャリア支援に詳しい。連載や講演活動も多数。
著書は『部下全員が活躍する上司力 5つのステップ』(FeelWorks)、『部下を活かすマネジメント“新作法”』(労務行政)、『本物の「上司力」』(大和出版)、『人を活かす経営の新常識』(FeelWorks)、『ダイバーシティの教科書』(総合法令出版)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『一生働きたい職場のつくり方』(実業之日本社)、『50歳からの逆転キャリア戦略』(PHP研究所)、『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)、『50歳からの人生が変わる痛快! 「学び」戦略』(PHP研究所)等約40冊。最新刊は『Z世代の早期離職は上司力で激減できる!「働きがい」と「成長実感」を高める3つのステップ”』FeelWorks、2024年4月1日)。
※「上司力」は株式会社FeelWorksの登録商標です。
https://www.feelworks.jp/