近年、日本では市場のグローバル化や専門人材の不足を背景に、ジョブ型雇用の必要性が叫ばれています。2022年に閣議決定された『経済財政運営と改革の基本方針2022』(※)でも、働く人のエンゲージメントと生産性を高めるうえで、ジョブ型雇用は手法のひとつになり得ることが明言されました。このようにジョブ型の仕組みはさまざまな方面で効果が期待されており、大手を中心に多くの企業が続々と導入に踏み切っています。
しかし、ジョブ型雇用への正しい理解は、完全に浸透しているとは言いきれません。ジョブ型雇用の効果を過剰に見積もったり、間違った方法で導入したりすると、思うような成果につながらない場合もあるでしょう。ジョブ型の仕組みをうまく機能させるには、制度の役割を正しく理解し、自社に適した形で導入する必要があります。
そこで今回は、ジョブ型雇用に潜む2つの大きな誤解と、ジョブ型の仕組みを有効に機能させるためのポイントについて解説します。ジョブ型雇用の定義や重要性からわかりやすく解説しますので、参考にしてみてください。
※参考:政府、財界、労働界は「ジョブ型雇用」にどのように言及しているのか ――それぞれの施策方針、報告・提言、見解から|独立行政法人 労働政策研究・研修機構
ジョブ型人事制度で社員と企業の成長を実現するには?
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大前提として、ジョブ型雇用とはどのような制度のことをいうのでしょうか。
本章では、ジョブ型雇用の定義やメンバーシップ型雇用との違い、導入率について簡潔に解説します。
ジョブ型雇用とは、社内の各ポジションについてあらかじめ職務内容やミッション、求められるスキル・経験を決め、それに合致するような人材を雇用する制度のことをいいます。職務内容は「ジョブディスクリプション(JD)」という文書で明記され、業務範囲や勤務時間、報酬まで細かく定められることが一般的です。
一方、日本では従来「メンバーシップ型雇用」という特有の雇用制度が敷かれてきました。メンバーシップ型雇用とは、職務内容や勤務地を限定せずに、人材を雇用する制度のことです。新卒一括採用で若手人材を採用し、長期的なジョブローテーションで育成しながら、終身雇用で長期的に雇用し続けるという特徴があります。
ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用は、対比されることも珍しくありません。メンバーシップ型雇用が「人に仕事を割り当てる制度」と言われるのに対し、ジョブ型雇用は「仕事に人を割り当てる制度」と言われています。
ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用は、具体的には以下のような違いを持っています。
|
メンバーシップ型雇用 |
ジョブ型雇用 |
基本的な考え方 |
ヒト(人材)に値札がつく |
椅子(ポジション)に値札がつく |
職務内容 |
限定されていない(総合職型) |
限定されている(専門職型) |
採用 |
新卒一括採用 |
ポジションごとにキャリア採用・社内公募を実施 |
配置(転勤・異動) |
会社が人事権を有し、 |
基本的に社員の挙手制 |
評価 |
職務内容を問わず同質の人事評価 |
職務内容に応じた評価 |
雇用契約の解消(代謝) |
業績悪化や職務消滅が生じても、 |
職務消滅によって退職勧奨が起こり得る |
近年、日本では多くの企業がジョブ型雇用の重要性に着目し、導入の決断をしています。マンパワーグループが人事担当者400名を対象に実施した調査によれば、「ジョブ型雇用を既に導入している」「試験的に取り入れている」「導入を検討している」「導入の起案を考えている」と答えた割合は全体で45.7%に及びました。全体の半数に近い企業が、ジョブ型雇用の導入を推進している状況がうかがえます。
また、同調査によれば、「ジョブ型雇用の導入に賛成」と答えた人事担当者は全体の76.3%となりました。実に8割近い人事担当者が、ジョブ型雇用の導入に積極的です。賛成派の意見としては、「専門領域の人材を雇用できる」「特定の技能や能力を持っている人材を雇用すれば、自社の成長につながりそう」「多様な働き方を用意することで、良い人材が集まりやすくなる」などの声が挙がりました。
こうした状況を鑑みると、今後も日本企業においてジョブ型の仕組みは導入が加速することが予想できます。
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数多くの企業から注目を集めているジョブ型の仕組みですが、導入・運用方法については必ずしも正しく理解されているとは限りません。本章では、ジョブ型の仕組みにまつわる"2つ"の大きな誤解について紹介します。
ジョブ型雇用に関してよくある誤解に、「ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用は共存できない」という考え方があります。つまり、ジョブ型雇用を導入する場合には、採用から育成、評価、報酬、等級、代謝(雇用契約の解消)に至るまで、すべてのプロセスで丸ごとジョブ型の仕組みにしなければいけないという誤解です。
結論から言えば、ジョブ型の仕組みとメンバーシップ型雇用は共存させることが可能です。
というのも、日本では長年にわたりメンバーシップ型雇用を敷いてきました。そのため、ジョブ型雇用には、日本の労働慣行や法令となじまない部分が少なからずあります。例えば、雇用契約の解消に関しては、日本は解雇規制が厳しく、職務消滅でポジションがなくなった人材を簡単に解雇できません。ジョブ型の仕組みを丸ごと導入してしまっては、柔軟に配置転換できなくなってしまいます。また、メンバーシップ型雇用の特徴である新卒一括採用を放棄すると、企業の人材不足が一層加速する恐れもあります。このようにメンバーシップ型雇用の仕組みのなかには、ジョブ型に容易に切り替えられない部分や、切り替えない方がよい部分も数多くあるのです。
つまり、ジョブ型の仕組みを取り入れる場合には、メンバーシップ型雇用の必要な要素はそのまま残しつつ、ジョブ型雇用の有用な側面・導入可能な要素のみを部分的に融合させることが現実的と言えます。
ジョブ型雇用に関する2つ目の誤解として、「キャリア形成は社員一人ひとりに委ねればいい(企業として深く関与しなくてよい)」という考え方があります。確かに欧米型のジョブ型雇用では、職務内容があらかじめ規定されており、それに沿って採用や代謝が行われることが一般的です。社内での昇格や職種転換は基本的に社員の挙手制・公募制で、社内にポジションがなければ、社員は自律的な選択として社外への転進を選ぶことになります。
しかし、日本では人材を容易に解雇できないため、万が一職務が消滅した際は、ジョブ型雇用であろうと人事主導で配置換えをしなければいけません。つまり、状況に応じて、社員の職務内容はいくらでも変容し得るのです。その際、社員が普段から自身のキャリア形成に意識を向けていないと、「今の職務以外は考えられない」「新しい職務に対応できない」という状態に陥りかねません。そうなれば、配置転換にも柔軟に対応できなくなります。
また、社員がキャリア形成に対して消極的な状態では、社員自身の成長意欲が湧かないのはもちろん、企業全体としての発展も期待できないでしょう。本来、ジョブ型というのは社員の成長を促進し、組織としての成長を加速させるためにあります。だからこそ、ジョブ型の仕組みにおいても、「社員の職務内容・キャリアパスは変わり得るもの」と認識し、"企業主導"で社員のキャリア形成を支援できるような体制を整える必要があるのです。
※ジョブ型雇用とキャリア自律の関係性について詳しく知りたい方は、『ジョブ型雇用は導入すべき?田中研之輔教授に聞く「日本型雇用におけるキャリア開発の課題」【動画つき】』の記事もあわせてご覧ください。
より効果的にジョブ型の仕組みを導入するには、具体的にどうすればいいのでしょうか。
本章では、ジョブ型の仕組みをより有効に機能させるためのポイントについて解説します。
ジョブ型の仕組みを無理なく機能させるためには、ジョブ型雇用の必要な要素のみを部分的に導入することが肝心です。現実的な案として考えられるのは、等級制度・評価制度・報酬制度という「人事制度」の部分のみジョブ型の仕組み(ジョブ型人事制度)に置き換えることです。つまり、採用・配置・育成・代謝の部分についてはメンバーシップ型雇用の仕組みをベースとして維持しつつ、人事プロセスのみジョブ型の仕組みに置換します。
ジョブ型人事制度とは、職務内容に基づき等級・評価・報酬を決める制度を指します。ジョブ型人事制度の仕組みは、もともと「職務等級制度」と呼ばれ、以前から日本企業でも少なからず導入されてきました。そのため、ジョブ型人事制度は、メンバーシップ型雇用の各要素との摩擦を抑えやすく、組織に浸透しやすいのが特徴です。
また、人事制度のみジョブ型に置き換えることで、メンバーシップ型雇用との相乗効果が期待できます。例えば、「新卒一括採用で人材の多様性は担保しつつ、専門性の高い人材を正当に評価しやすくなる」「社員の長期的な雇用を維持しつつ、賃金については職務内容を基準として一定程度最適化しやすくなる」といった効果です。
このようにジョブ型の導入によるハレーションを最小限に抑え、かつメンバーシップ型雇用による恩恵を最大限に享受し続けるためには、ジョブ型人事制度の導入が有効と言えます。
ジョブ型の仕組みを機能させるには、社員が自らのキャリア形成に責任を持つ必要があります。社員が目の前の業務にしか目を向けていない場合、万が一職務が消滅した際の配置転換には対応できません。そのため、ジョブ型の仕組みを導入する際は、社員のキャリア形成を支援する施策とセットで取り入れることが不可欠です。
具体的には、上司と部下が1on1ミーティングのなかで、今後のキャリアについて話し合うという方法があります。また、部署内でキャリアビジョン共有会を開いたり、年代別のキャリアデザイン研修を開催したりするのも一案です。加えて、経営層からキャリア形成の重要性をメッセージとして強く発信することも有効と言えます。
こうした施策をあわせて導入することで、社員に日常的にキャリアプランを考えるための機会を提供できます。その結果、ジョブ型の組織においても、社員一人ひとりがキャリアに対する前向きな意識を持つようになり、意欲の向上につなげられるでしょう。ひいては、組織全体が活性化し、事業のさらなる発展も期待できます。また、万が一の職務消滅の際にも柔軟に配置転換できるようになり、企業としての機動力を高めることも可能です。
※キャリアデザイン研修について詳しく知りたい方は、『キャリアデザイン研修が果たす役割とは』の記事もあわせてご覧ください。
ジョブ型の仕組みを日本の労働慣行や法令となじむ形で導入するためには、【メンバーシップ型雇用+ジョブ型人事制度】の"ハイブリッド型"が現実的と言えます。また、ジョブ型人事制度とキャリア支援策をあわせて導入することで、社員の現状維持や停滞感を防止し、組織全体としての継続的な成長につなげることが可能です。ジョブ型の仕組みは、有益な部分から無理なく導入し、必要な施策とセットで取り入れることを意識しましょう。
ちなみに「ジョブ型人事制度の具体的な導入方法」や「ジョブ型人事制度とセットで導入すべきキャリア支援策」については、以下のお役立ち資料で詳しく解説しています。無料でダウンロード可能ですので、お気軽にご活用ください。
お役立ち資料|ジョブ型人事制度を機能させるカギは「キャリア開発支援」の充実度?
マンパワーグループ株式会社 ライトマネジメント事業部では、企業一社一社の状況に適したジョブ型人事制度の導入もサポートしています。ジョブ型人事制度の導入を検討の際には、ぜひご相談ください。