2020年6月にパワハラ防止法が施行されたことを受け、パワハラ対策の導入を検討している企業も多いかもしれません。パワハラは社員のモチベーションや定着率にも大きな影響を与えかねないため、早期の対策が必要です。そこで今回は、「パワハラを防止するための対策」や「パワハラを起こさない職場をつくる方法」を紹介します。「そもそもパワハラの定義やボーダーラインとは?」から解説しますので、ぜひ参考にしてみてください。
そもそもパワハラとは、どのような言動を指すのでしょうか。
ここでは、該当法令を参照しながら「パワハラ」という言葉の定義について解説します。
パワハラとは、職場で優越的な関係を背景に行われる言動のうち、業務上必要な範囲を超えており、労働者の就業環境が害される振る舞いのことです。厳密な定義については「改正労働施策総合推進法(通称:パワハラ防止法)」第30条2の条文内で規定されており、具体的には以下の【1】~【3】が「パワハラの3要素」と呼ばれています。
【1】優越的な関係を背景とした言動
(「職場上の地位が上の者による言動」「同僚や部下などが集団で行う行為」など、抵抗・拒絶ができない場合)
【2】業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動
(客観的に見て業務上の必要がない言動であり、社会通念に照らしても相当の範囲を逸脱している場合)
【3】労働者の就業環境が害される言動
(言動によって相手が身体的・精神的に苦痛を与えられ、能力の発揮に重大な悪影響が生じてしまった場合)
上記の【1】~【3】をすべて満たしている言動が、パワハラとして認定されることになります。【2】で定義されているとおり、「適正な範囲内」で行われる「業務上必要」な指示や指導については、パワハラに当てはまりません。
ちなみに「労働者」には正社員だけでなく契約社員、派遣社員、パート・アルバイトも含まれるため、全社的な対策が必要です。また、パワハラに該当するかどうかは、言動の目的や両者の関係性、受けた苦痛の程度などを客観的に加味する必要があります。そのため、社員からの相談に際しては丁寧に事実確認を行うことが重要です。
2019年5月に労働施策総合推進法が改正され、初めてパワハラの定義が明文化されました。また同法では事業主に対して、労働者からの相談に対応できる体制を整備し、雇用上必要な措置を講じるよう命じています(※同法30条2)。違反した際の罰則は設けられていませんが、厚生労働大臣から勧告を受けても改善が見られない場合には企業名を公表されることがあります(※同法33条2)。パワハラ防止法は2020年6月1日より施行されて大企業から義務化されましたが、中小企業も2022年4月1日より義務化されます。
具体的には、どのような言動がパワハラに該当するのでしょうか。これに関して、厚生労働省は「パワハラの6類型」として主な行動例を紹介しています。本章では、6類型それぞれの具体的な言動例について解説します。
※(1)~(6)の例はすべて、職場での優越的な関係をもとに行われた行動と仮定しています。また、言動の経緯や背景、頻度、態度などに応じてパワハラに該当するかどうかは変わってくるため、個別に十分な検討が必要です。
※参考:【最終版原稿】リーフレット「2020年(令和2年)6月1日より、職場におけるハラスメント防止対策が強化されました!|厚生労働省(PDF)
「殴る」「蹴る」「物を投げる」など、身体的に暴行して相手を傷害するとパワハラに該当するケースがあります。
<例>
×胸ぐらをつかんで、脅したり説教したりする
×資料を丸め、悪意を込めて強く頭をたたく
×故意に備品を投げつけ、相手に当てる
<該当しないと考えられる例>
・相手のことに気づかず、偶然ぶつかってしまう
暴言を吐いて侮辱したり、脅迫したりするのもパワハラです。また、悪口で名誉棄損するケースも該当します。
<例>
×わざと多くの同僚が見ている前で、相手を強く叱責(しっせき)する
×人格を否定するような言葉で、執拗(しつよう)に長時間叱責する
×相手の能力を否定するようなメールを、CCやBCCなどでほかの人も読めるように送る
<該当しないと考えられる例>
・相手が何度も遅刻や業務上のミスを繰り返した際、改善のために個別に注意する
あえて特定の人を仲間はずれにし、無視したり、隔離したりした場合もパワハラと認められることがあります。
<例>
×嫌いだからという理由で相手の座席を遠くへ離したり、自宅待機にさせたりする
×相手からあいさつされても、わざと無視し続ける
×飲み会や親睦会などの場に、特定の人だけあえて誘わない
<該当しないと考えられる例>
・新入社員に対して、能力開発のためにあえて別室で研修を受けさせる
相手の能力に見合わない仕事を無理やり与えたり、関係のない業務を押しつけたりするケースもパワハラです。
<例>
×相手の能力では到底達成できないようなノルマを、無理やり課す
×自分の身の回りの雑用を、すべて相手に押しつける
×相手が残業しているにもかかわらず、大量の新しい業務を与え、必要なフォローもしない
<該当しないと考えられる例>
・相手の能力開発のため、背伸びしたら届く程度のストレッチ目標を課す
・繁忙期のため、仕方なくチーム全員の業務量を普段より少し増やす
能力相応ではない簡単すぎる業務を与えたり、仕事をまったく与えなかったりすることもパワハラに該当します。
<例>
×相手を退職させたいという意図で、仕事をまったく与えない
×相手が管理職であるにもかかわらず、マネジメントの仕事を一切させない
×営業職で採用したにもかかわらず、草むしりや掃除だけやらせる
<該当しないと考えられる例>
・相手の残業時間が増えてきているため、業務量を調節したり、作業を手伝ってあげたりする
私的な部分に踏み込み過ぎたり、プライバシーを侵害したりするような行動もパワハラに当たる場合があります。
<例>
×本人の許可なく、私物の写真を勝手に撮影する
×業務上の必要がないのに、休んだ理由について根掘り葉掘り聞く
×相手が嫌がっているにもかかわらず、恋愛遍歴をしつこく聞く
<該当しないと考えられる例>
・相手の了解を得たうえで、人事労務に本人の身体的な症状を伝え、配慮するよう依頼する
現在パワハラはどの程度発生し、どのくらいの企業が対策を施しているのでしょうか。
ここでは、厚生労働省の調査データ(※)を交えながらパワハラの現状について紹介します。
※参考:令和2年度 厚生労働省委託事業 職場のハラスメントに関する実態調査 報告書|厚生労働省(PDF)
厚生労働省の調査によれば、過去3年間に勤務先でパワハラを受けた人の割合は「31.4%」にのぼりました。対象者の約3分の1に当たる人が、パワハラを経験していることになります。また、セクハラの経験がある人の割合(10.2%)に比べてもパワハラの発生割合は高く、パワハラに悩んでいる人は少なくない現状がうかがえます。
パワハラは被害者に対し、強いストレスを与えてしまうことになります。同調査によれば、パワハラを受けた際の心身への影響として、「怒りや不満、不安などを感じた」(70.6%)を挙げた人の割合が最多でした。また、「仕事に対する意欲が減退した」(62.0%)、「職場でのコミュニケーションが減った」(36.8%)、「眠れなくなった」(23.1%)の割合も高いです。社員の心身の健康のためにも、企業として対策を講じることが必須と言えます。
パワハラが社内で発生した際、どのような対応をとればよいか決めかねている企業も少なくありません。同調査によれば、パワハラを知ったあとの勤務先の対応として「特に何もしなかった」(47.1%)と答えた人の割合が約半数を占め、最多となりました。また、パワハラを認定したあとの勤務先の対応については「行為者に謝罪させた」(28.5%)が最多である一方、「何もしなかった」の割合は22.3%という結果となっています。対策が十分に整っていないがゆえに、パワハラが起こっても「とりあえず経過観察」に陥る企業も珍しくないようです。
同調査によれば、パワハラが起こりやすい職場にはいくつかの特徴があります。勤務先でパワハラを経験した人としなかった人で職場の特徴を比較したところ、パワハラを経験した人の方がより多く「上司と部下のコミュニケーションが少ない/ない」(37.3%)と回答しました。また、「残業が多い/休暇を取りづらい」(30.7%)、「業績が低下している/低調である」(28.6%)の割合も、パワハラを経験した人の方が比率が高くなっています。コミュニケーションの頻度や職場環境の問題がパワハラの引き金になる可能性もあり、対策のヒントとなりそうです。
労働施策総合推進法によって、事業主はパワハラの防止に関して必要な措置を講じることが義務付けられました。講じるべき具体的な措置については、厚生労働大臣が発表した指針(※)のなかで大きく「4つ」の観点から定められています。ここでは、法律上企業に義務化されている4つのパワハラ対策について、それぞれ解説します。
※参考:事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針|厚生労働省(PDF)
※(1)~(4)の「具体的な対策例(推奨)」については、厚生労働省が発表しているガイドライン「職場におけるパワーハラスメント対策が事業主の義務になりました!|厚生労働省(PDF)」を参照しています。
企業はパワハラ対策に関する指針を決め、社員に周知しなければいけません。また、「どのような言動がパワハラに当たるのか」「パワハラを行うとどんな処分が下るのか」を就業規則や服務規律に明記する必要があります。加えて、研修や講習を通じて、パワハラを起こさないよう全社的に啓発し、防止に努めることが必須です。
<具体的な対策例(推奨)>
◆パワハラに関する自社の指針をガイドラインにまとめ、社内報・パンフレット・ホームページなどで公表する
◆社員の階層別に研修を実施して、パワハラの境界線や具体的な行動、防止策などについて教示する
◆パワハラの加害者に対する懲戒規定を決め、就業規則に明文化して社員に周知する
パワハラに関する社員からの相談をいつでも受けられるよう、相談窓口を設置する必要があります。また、窓口の担当者が迅速かつ適切な対応をとれるよう、相談のフローや対応の流れなどを整えておかなければいけません。
<具体的な対策例(推奨)>
◆面談形式だけでなく電話やメールでも相談を受け付け、誰もが気軽に相談できるようにする
◆窓口の担当者が人事や上司と迅速に連絡をとり、相談者をフォローできるようにする
◆相談を受けた際のフローをマニュアルにまとめ、窓口の担当者がスムーズに対応できるようにする
◆相談窓口の担当者に対して研修を行い、ハラスメントに関する知識や心理的なケアの方法を教示する
実際にパワハラが発覚した場合には、迅速に事実確認を行い、被害者に対して必要な配慮やケアを行わなければいけません。また、加害者に対する懲戒処分や人事異動などの措置を行い、再発防止に努める必要があります。
<具体的な対策例(推奨)>
◆客観的に状況を判断できるよう、窓口の担当者・人事・専門の委員会などが協力して事実確認する
◆パワハラ発覚後は、加害者に謝罪させたり、被害者と距離を置かせるために配置転換を行ったりする
◆被害者にメンタルの不調が見られる際は、産業医や保険スタッフと協力してケアを行う
◆加害者には懲戒規定にのっとって処分を行ったうえで、本人と面談して原因を究明し、再発防止策を考える
パワハラについて相談した社員が、解雇や減給などの不利益を受けることがあってはいけません。そのため、「相談者が不利益な扱いを受けることはない」という旨を就業規則や服務規律に明記する必要があります。また、加害者・被害者ともにプライバシーが守られるよう、相談窓口の対応フローを整えておくことも必須の対策です。
<具体的な対策(推奨)>
◆「パワハラについて相談しても不利益は受けない」ことを、社内報やパンフレットでも周知する
◆加害者・被害者のプライバシーを保護できるよう、相談窓口の担当者は秘密保持を徹底する
パワハラを防止するためには、法律上の対策を施すだけでは十分とは言い切れません。社内の職場環境・風土を根本的に見直して、そもそもパワハラの温床が生じないような企業体質をつくることが大切です。そこで本章では、パワハラの起こりにくい職場をつくるための方法について、大きく3つの観点から解説します。
パワハラが起きる背景の考察と、これから取り組むべき対策を解説したセミナーもあわせてご利用ください。
録画セミナー|「法令順守だけでは根絶できない!?パワハラが起きにくい職場のつくり方」
パワハラを防ぐためには、社内コミュニケーションを活性化させることもひとつの方策です。というのも、社員がお互いの性格や価値観をよく知らないまま働いていると、ふとした言動で相手を深く傷つけてしまうこともあります。また、ギスギスとした雰囲気は社員のストレスになり、攻撃的な態度の引き金になる可能性もあるでしょう。そのため、普段から上司と部下、同僚同士が意識的にコミュニケーションをとることが重要です。例えば、上司が1on1ミーティングで部下の相談に乗ったり、チームランチで組織内の親睦を深めたりという方法が挙げられます。社員同士が心理的な距離を縮めることで、お互いを尊重し合える風土も生まれやすくなるでしょう。
1on1ミーティングの効果や実施方法について、詳しくは「1on1ミーティングで何を話すべき?効果を高めるためのテーマ・ポイントを解説!」を合わせてご覧ください。
「残業が多すぎる」「休みが十分にとれない」という職場環境は、社員に身体的・精神的なストレスを与え、ハラスメントの温床になる可能性もあります。そのため、社員のワーク・ライフ・バランスを整えられるよう、勤務制度を見直すことも重要です。例えば、ノー残業デーを設定したり、定型業務をアウトソーシングしたりするのもひとつの対策でしょう。また、そもそも社員に対して過度に高い目標を課していると、働き方は改善されません。パワハラのリスクを本気で摘むためには、経営目標や人事評価制度から見直してみる姿勢も必要でしょう。
上司は部下の成長のために指導をしているつもりでも、言葉遣いや口調などが原因で「パワハラ」と受け取られてしまうこともあります。そのため、管理職向けに研修や講習を行い、正しいフィードバックの方法について教示するのもひとつの対策です。例えば、耳の痛い内容を部下に伝える際には、「まずフィードバックの目的から話す」「性格ではなく行動に対して改善を促す」「相手のために誠意を持って伝える」などを心がける必要があります。上司の指導方法が変われば、部下の受け取り方も変わり、パワハラが起こるリスクも低減できるでしょう。
効果的なフィードバックの方法については以下の資料でも紹介していますので、ぜひ合わせてお読みください。
ダウンロード|現場のパフォーマンスを高めるネガティブフィードバックとは?
パワハラを防止するためには、法律で定められている対策を講じることはもちろん、社員同士が気持ちよく働けるような社内風土を普段から醸成しておくことが大切です。
そこで当社では、「パワハラが起きにくい職場の作り方」と題して特別セミナーを実施し、社内風土の改善方法について情報発信を行っています。セミナー動画は下記より無料で視聴が可能ですので、パワハラ対策についてご検討されている方はぜひお気軽にご活用ください。