コロナの影響で市況が悪くなっているなか、「退職勧奨」にまつわるトラブルが問題になっています。退職勧奨そのものは企業の権利として認められていますが、進め方によっては違法になりかねません。そこで今回は、退職勧奨せざるを得なくなったとき、従業員と円満な合意形成を行うためのポイントを判例も交えつつ紹介します。
退職勧奨とは、会社が従業員に対して自主的な退職を促すことをいいます。タイミングとしては、「経営状況の悪化を見越して、リスク回避のために従業員を減らしたい」「社員がどうしても期待したような働きをしてくれない」というとき、苦渋の決断として行われます。
「退職勧奨」を行うこと自体は企業の権利であり、裁判所でも「やむをえず退職勧奨せざるを得ないときもある」ということは認めています。ただ、大切なのは従業員に"自主的な"退職を促すという部分です。というのも、退職勧奨に法的な拘束力はないため、従業員は退職勧奨を断り、会社に居続けることができます。従業員に断られれば、会社は退職を強制できません。あくまで企業・従業員の双方が合意形成したうえで初めて、退職が決まるのです。ちなみにこの際の退職は、一般的に自己都合ではなく「会社都合」です。
会社から従業員に対して、一方的に労働契約の終了を言い渡すことを「解雇」といいます。解雇を告げられた従業員は、基本的に退職の手続きを進めるしかありません。それに対して退職勧奨は、あくまで従業員に対して「自主的に退職して欲しい」とお願いすることです。退職するかどうかは、従業員の意志によって決めることができます。強制力の有無が、大きな違いだといえるでしょう。
ちなみに日本の労働法規において、解雇は「客観的に合理的な理由」が存在し、「社会通念上相当と認められる」場合にしか許されていません。例えば、会社の規約で「解雇事由」に書かれていたにもかかわらず「売上を横領した」「欠勤を繰り返し、度重なる注意・警告を行ったにも関わらず改善されない、またその見込みがない」、という場合は普通解雇や懲戒解雇が認められることが一般的です。また、企業の業績が著しく悪化し、人員整理しないと経営が立ちゆかない場合も、4つの要件(※)を満たせば整理解雇が認められます。
※整理解雇の4要件......「人員整理の必要性」「解雇回避努力義務の履行」「被解雇者選定の合理性」「解雇における手続きの妥当性」を指します。(参照:整理解雇の四要件|日本の人事部)
どのようにすれば労働紛争を回避できるか、早期退職、希望退職の募集時に起こりやすい問題をテーマに判例を踏まえながら、ポイントを解説しています。合わせてご覧ください。
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東京商工リサーチの2024年1月から8月の調査によると、早期・希望退職者を募集した上場企業は41社にのぼり、募集対象となった従業員数は7,104人と前年同期の3.5倍に達しています。円安の影響で、業績好調な企業が積極的に構造改革を進める一方、不振企業が事業撤退を余儀なくされるケースが増え、早期退職の募集が3年ぶりに年間1万人を超えるペースで推移しています。
このような状況では、早期退職者の募集や退職勧奨が無視できないテーマになっています。いざ退職勧奨に踏み切るときに正しい進め方を知らないと、従業員とのあいだに予期せぬ軋轢を生んでしまい、さらなるリスクを抱え込んでしまう可能性もあります。従業員との対立を防ぐために、法的にも心理的にも適切に「退職勧奨」を運用する必要性が高まっているのです。
※参考:2024年1-8月 上場企業「早期退職」募集41社 募集人数は前年1年間の2.2倍、7,104人に急増|東京商工リサーチ
では、どんな退職勧奨が違法になってしまうのでしょうか。大きく4つのポイントに分けて紹介します。
長期間にわたって、何度も繰り返される退職勧奨は違法と見なされることがあります。また「1回の退職勧奨に何時間も費やす」「従業員が退職を拒否したにもかかわらず何度も退職勧奨する」という行為も、「社会通念上相当な程度」の基準を超える可能性があるため、違法行為にあたる可能性が高いです。
過去には「約30回」の退職勧奨が「約4ヶ月間」繰り返され、なかには「約8時間」におよぶ場合もあったケースにおいて、違法と認められた判例があります(平成11年・大阪地裁)。また、「従業員が退職を拒否したにもかかわらず」「約1~2時間の面談」が「計5回」繰り返されたケースも、裁判で違法とされました(平成26年・京都地裁)。
退職させることを目的として、従業員に心理的・身体的な圧迫感を与え、名誉感情を損なわせるような言動をすることも違法と認められています。例えば、退職させるために「他の従業員が見ている前でわざと怒鳴りつける」「大声でののしる」「大人数で説得し続ける」「わざと仕事を減らす・無視するなどの嫌がらせをする」「あえて苦痛を伴う仕事だけさせる」などのケースは、違法と見なされる可能性が高いでしょう。
過去には、上司から従業員への「この仕事には、もう無理です。記憶障害であるとか、若年性認知症みたいな」といった一連の言動が、違法であると認められました(平成24年・東京高裁)。精神的な攻撃を伴う退職勧奨は、避けるべきだといえます。
退職勧奨は、あくまで従業員に"自主的な"退職を促すことです。退職させることを目的に従業員へ不当な待遇を押しつけることは、「強制的な退職勧奨」となり、違法になることがあります。例えば、「退職に応じないと、給与を半減させる」「退職に応じないと、地方へ転勤させる」「退職しなければ、解雇しか道はないと脅す」などのケースは、違法である可能性が高いです。
男女平等の観点から、労働者の立場はさまざまな法令によって守られています。そうした法令に違反するような退職勧奨も、違法行為と認められかねません。例えば、従業員に対して「女性だから」という理由だけで退職勧奨を行う場合、男女雇用機会均等法に抵触します。また、「育休をとるなら、その前に辞めてもらいたい」という旨の退職勧奨も、育児・介護休業法で「不利益な取扱い」と見なされるでしょう。
上記のような違法な退職勧奨を防ぐには、どうしたらよいでしょうか。具体的に4つのポイントを紹介します。
退職勧奨を行うために、面談の場を設けることは問題ありません。ただし、それが長時間・長期間にわたり繰り返されると違法と見なされます。そのため、面談を行う際は「1回の時間が長くならないようにする」「退職を拒否されたらしつように説得しない」ことが大切です。また、大人数での長時間におよぶ退職勧奨は、従業員に心理的な圧迫を与えかねません。そのため、人数もできるだけ少ない方がよいでしょう。
精神的な攻撃を伴う退職勧奨は、「従業員の名誉感情を害した」として、違法になるケースもあります。そのため、面談時の言葉遣いには十分注意するようにしましょう。たとえ相手を傷つけていないつもりでも、従業員にとっては誹謗・中傷と感じられる場合もあります。特に面談中は説得するような言葉遣いになる可能性もあるので、感情のままに言葉を発しないよう気をつけるべきです。
退職に応じなかったときに配転・降格・減給させるなど、不利な処遇をちらつかせて退職を強要することも、違法であると見なされる可能性が高いです。「退職に応じなければ解雇する」といった言葉も、退職の強要として認められることがあります。ただし、会社に居続けたときに生じるであろうデメリットを伝えること自体は、問題ではありません。退職の強要につながる不利益な措置をあえて作ることが、問題なのです。
従業員の自主的な退職を促すために、「優遇措置」をつけることは問題ありません。例えば、「退職金の割り増し」や「再就職支援」、「特別休暇の付与」などが挙げられます。再就職支援については企業が契約していれば、従業員が退職と同時に再就職のあっせんを受けられるため、退職後の経済的・心理的な不安も和らぎます。退職勧奨で目指すべきは、従業員との円満な合意形成です。そのための十分な処遇は、退職を促す企業の"社会的な責任"として用意しておくべきでしょう。
優遇措置について詳しくは「早期退職優遇制度とは?優遇措置の種類や導入までの流れを分かりやすく解説!」をご一読ください。
仮に裁判所で違法だと認められた場合、従業員への損害賠償が発生することがあります。過去の判例を見ると、精神的な苦痛を与えたことに対する「慰謝料」が発生するケースが多いです。また、「脅されて退職させられた」といった理由で退職そのものが無効になった場合、裁判中も雇用契約は継続していると見なされます。そのため、退職しなければ得られたであろう従業員の賃金(逸失利益)も、企業が支払わなければいけなくなるでしょう。
「退職勧奨」自体は違法ではありません。ただし、やり方によっては違法となるので注意が必要です。従業員との円満な合意形成ができるよう、退職勧奨に関わる際はルールを理解しておくようにしましょう。