「越境学習」というキーワードを聞かれたことはありますか?
人口減少やテクノロジーの進展、経済・社会の複雑化、価値観の多様化など、多くの経済・経営環境変化がこれまでになく進んでいます。そのスピードは一部では加速度的ともいわれています。そんな中で企業における人材育成もまた変化しつつあります。
本稿では、最近、人材育成の世界で頻出され始めてきた「越境学習」について、その理論的背景と実践的な取り組みをご紹介していくことで、より深くその内容を探っていきたいと思います。
まず、「越境学習」とは一体何なのでしょうか?越境学習の研究者として第一人者でもある法政大学大学院の石山教授によれば、「自分自身の所属やキャリア、これまで慣れ親しんできた考え方などの"境界"を超えて、新しい機会に触れることで学び、自明で暗黙の前提となっていた価値観の変容があること」と定義されています。
さらにこれらの言葉を「越境」と「学習」にわけて考えると、「越境」とは、自らの所属する、国や地域、組織などの物理面、および思考や物の見方等心理面も含め、そこから脱することであり、「学習」とは、知識、行動、スキル(能力)、価値観、選考(好き嫌い)を新しく獲得、修正すること、と定義されます。
本来、学習とは、新しい知識や経験を手に入れることであり、そのためには新しい考えや場に臨む必要があります。つまり、「学習」は本質的に「越境」という概念の上で成り立つものと言えると筆者は考えています。
近年、「越境学習」が企業の人材育成に注目を浴び始めています。これまで、企業における人材育成は、企業戦略に準ずる形で、足りない知識を補完する形で行われてきました。しかし21世紀に入り、経営を取り巻く環境はテクノロジーやグローバリゼーション、社会経済変化のスピードと不確実さが増した結果、これまでの計画重視の経営から、小さなトライ&エラーを繰り返す形に変化してきています。不確実な環境の中で緻密な計画を作ることよりも、個別具体で実践する必要性が増してきたのです。当然それは働き方にも影響し、集団や組織で効率的に動くことから、よりスピーディーに小さなチーム単位で仕事をすることに変化してきました。(図1a)
3年ほど前、筆者が働き方改革のイベントで経産省の方と登壇した際、「省内もすでに働き方はチームごとに変化してきている」とおっしゃっていたのが印象的でした。
(図1a)
そんな中、当然求められる人材像も変わってきています。
これまでは、決まった方針に対して、タスクを分解して効率よくこなすスキルが重宝されました。そこでは処理のスピードと正確さが求められました。しかしながら、今後は正解が不明なまま小チームで動くため、個人が自立したキャリアを用いて、チームの中で自身のリーダーシップを発揮して働く形が求められています。最近はジョブ型雇用や定年の早期化、フリーランス化等が注目されてもいますが、これらもそうした流れの一つと言えます。
その個別の是非はともかくとして、重要なことは、個人が自身の棚卸をして強みと弱みや特徴などを理解し、さらに新しい環境で自己開発をする、ということが求められていくことです。このためには、会社という組織内で学ぶインプットよりも、まったく異なる環境に自身の強みや特徴を生かして適合する経験学習が大切になります。
それでは具体的に「越境学習」とは何なのかについて説明します。前述の越境学習の定義より、「自身の組織や境界を超える経験学習」ということができます。より精密に見るために、筆者は図のようなマトリクスで説明しています。(図1b)
(図1b)
越境学習のテーマである「普段慣れ親しんでいる組織や文化文脈を超える」にも、まず新しい知識などのインプットが欲しいのか、あるいは実践(アウトプット)の機会が欲しいのかで手法は変わります。また、学習の目的も「〇〇を手に入れる」など明確なのか、あるいは何か新しい機会を探索している状況なのかによっても変わります。
企業における人材育成は、明確な"目的"で行うことが多いので、目的志向は右側になります。これまでの企業内での研修はインプット型(室内でのワークショップも含めて)ですので、右上の領域が狭義の「越境学習」となります。
特に最近では、以下のような機会やプログラムが人材育成のための越境学習と位置付けられることが多いです。
(※プロボノ活動・・・ビジネスパーソンや専門家が、自身の専門スキルを無償提供する活動のこと。100年ほど前。資金の乏しい社会貢献団体などに弁護士などが無償アドバイスすることで始まったとされる。現在は多くのビジネスパーソンがNPOやスモールビジネスの支援を行っている)
共通しているのは、普段の勤め先(割と大きな会社)を離れて、ベンチャーやNPO等のスモールビジネスや地方自治体など、普段とは異なる組織で自身の活躍できる場に出向くというものです。これは、人材を受け入れる側にも人材不足感があることから、実践で試したい側と受け入れたい側のニーズがマッチしています。今後も人材の偏重に伴い、こうしたマッチングが増えているものと思われます。
今回は、「越境学習」とは何かについて、その概略についてお話いたしました。
今回、この言葉を初めて目にされた方には、まだ少しピンと来ていないかもしれません。
平成28年に文部科学省の委託事業として、日本と海外のビジネススクールの比較調査があり、その中で図のような発表がありました。
個々での大きな違いとして、本場海外のビジネススクールでは、ビジネスプランを作る、異文化への対応をする、交渉力等、より実践的な項目が高くなっています。
越境学習の本質として、「実践により学ぶ」があります。少し前より高等教育で「アクティブ・ラーニング」が提唱され、現在もその修正などが試みられています。他方、日本のビジネスパーソンの人材育成は、年間MBAビジネススクール卒業生が5,000人を超え、さらに新しい知識もどんどん入る中で、インプット型の知識は飽和状態にあるとも言えます。
知識はインプットとアウトプットを相互に繰り返すことで、大きな果実となります。その意味で、越境することで学ぶ「越境学習」は、今後も実践的(アウトプット)な人材育成手法として注目されていくと思われます。
最後になりましたが、筆者は、"越境プロデューサー"として、こうした学びの場を作ることに務めています。この越境学習を進めることは、ビジネスパーソンの学びのご支援をするだけでなく、越境先となるベンチャービジネスや社会貢献団体などの間接的なご支援にもつながり、社会全体がその知識を共有できる「ナレッジ・シェアリング」型の社会づくりに貢献できると考えています。 今後は、この「越境学習」について、自身の経験なども交えつつ、ご紹介して参りたいと考えています。どうぞご期待下さい。
次回は、越境学習の効果について、ご紹介したいと考えています。
経営革新等認定支援機関
中小企業診断士
大手電子機器メーカーにて、ロジスティクス、経営企画、新規事業開発、事業戦略、子会社支援等に従事する傍ら、2010年よりプロボノ活動に参加。理事として100件以上のプロジェクトに携わる。
2014年に同社を退職し、スモールビジネス支援とPBL(Project Based Learning)手法を織り交ぜた「プロボノ験修」を行う、ナレッジワーカーズインスティテュート株式会社を設立、代表取締役就任。
研修事業の傍ら、大手・中小のコンサルティング、自治体や商工会議所などのイベントセッション・ファシリテーターを務めるなど多方面で活躍。
パラレルキャリアの紹介等で自治体主催セミナーでの講演やメディアなどの出演も多数
京都市出身。