最近、キャリア開発において注目されている上司部下の「キャリア面談」。この面談を行う場合には注意が必要です。なぜなら面談の進め方によっては、部下をモチベートするどころか、今の会社や職場における成長意欲や自己効力感を減退させてしまうこともあるからです。
私は日頃、上司向けには部下のキャリアを支援する為に求められる役割や面談手法をレクチャーし、部下向けには自身のキャリアを振り返り将来のありたい姿を考察した上で具体的なアクションプランを作成するワークショップを実施しております。部下向けに参加される受講者のキャリアに対する価値観を拝聴していると、成長を重視する方、周囲から感謝されることを大切にする方、家族とのバランスを第一に考える方など、十人十色な意見が出て、本当に多様だと感じています。
今回は、キャリア面談において上司部下の認識ギャップが生まれやすい、「外的キャリア」と「内的キャリア」について取り上げたいと思います。
この概念は、キャリア・アンカーやキャリア・サバイバルなど数々のキャリア理論を提唱しているエドガー・シャインが述べたものです。「外的キャリア」とは役職や昇進、給与など目に見える客観的な側面を指し、「内的キャリア」は仕事に対する動機や意味づけ、価値観など目に見えない主観的な側面を指します。
「外的キャリア」では、有名企業であること、企業や部署の規模が大きいこと、上位の役職に就いていること、高い給与を受けていることが良いと判断される傾向があります。「OOさんは、どこの会社に勤めているの?」「OO商事!すごいね!」といった会話は、バブルの時代にはよく聞かれました。今でもミドルシニア世代が自分の子どもの就職先の名前を気にするからこそ、「オヤカク」対策を取る企業が増えたのではないでしょうか。所属企業の名前で判断する、これはまさに外的キャリアの考え方に立脚しています。この勤務先の会話のように周囲から評価されていると感じる場合は、外的キャリアが自分自身のキャリア観に対してプラスに作用するかもしれません。一方で、外的キャリアはキャリアの「良し悪し」の判断に繋がる懸念があります。元来、日本人は競争を好むと言われています。異文化研究で有名なオランダの社会心理学者ホフステードは、日本人は業績、成功や地位などの社会的成功を、他国と比べても特に重視すると分析しています。それ故、知らない会社、中小企業、肩書が無い一般社員、給与が低い人を評価しなかったり、場合によっては下に見てしまうような思考に陥る可能性も無くはありません。
「内的キャリア」は、働きがい、働く動機、何を大切にするかといった価値観を指します。目に見えないので、周囲から様子を窺うだけでは分かりません。「日々の仕事の中で、何を大切にしているのか」「どのような仕事にやり甲斐を感じているのか」「将来どのような姿になりたいのか」といった問いかけをして初めて、その人の内的キャリアが見えてきます。成熟社会を迎えた日本においては、皆が同じものを目指す価値観が薄れ、それぞれの人がそれぞれの自己実現をしようとするようになりました。例えば、Aさんは「私は周囲とのチームワークを大切に仕事したい」と言うでしょうし、Bさんは「専門性を高めてプロフェッショナルな仕事がしたい」と言うでしょう。自分自身が何を大切にしているのか、どのようなことをしたいのか、どのような姿になりたいのか "Will"を明らかにして、それをどう満たしていくことができるのかを考え、行動することで、内的キャリアの充実が可能になります。
では、この「外的キャリア」と「内的キャリア」がキャリア面談において、どのように上司部下の認識ギャップを引き起こすのでしょうか。
現在、日本企業の管理職になっている世代は、バブル期から就職氷河期までに社会人となった世代が中心です。彼らは20~30代の頃に、終身雇用で社内のキャリアラダーを駆け上がることを至極当然のことと捉える、外的キャリア志向が強い上司の下で働いていた世代です。その影響が自分自身のキャリア観に多少なりとも出ていて、人によっては「昇進こそキャリア」「誰しもが上の役職に上がりたいと思うもの」「多くの給与を支払えば人は働くもの」といった先入観や思い込みを持っていることが少なくありません。
部下のキャリア支援を実現するキャリア面談において大切なポイントは、上司が自分の考えを押し付けず、部下の価値観を尊重し、傾聴することにあります。部下の価値観を問いかけることも程々にして、「私はこうして成果を上げて今のポジションに就いた」といった管理職自身の成功体験を述べたり、「君はOOすべきだ」などの指示的なコミュニケーションを取ることは、避けなければなりません。上司と同じように外的キャリア志向が強い部下であれば参考になるかもしれませんが、内的キャリアを重視する部下の場合、「私は昇進のみを求めているのではない」「私のことを分かってくれていない」と感じ、上司の価値観を押し付けられているとも受け取られかねないのです。
但し、「外的キャリア」の全てを否定するものではありません。組織マネジメントで力を発揮したい人もいるでしょうし、部下から頼られるリーダー像を自分自身のありたい姿として思い描いている人もいるでしょう。そのような部下には、上司としてその想いを認め、それを実現するためにどうしていけば良いかの対話が求められます。要は、部下一人ひとりがどのような価値観を持っているのかを、しっかりと傾聴する中で把握することが大切です。
上司向けのトレーニング中に、時々このような質問を受けます。「部下の中に『私はお金の為だけに働いている。給与が上がらないのであれば、今以上の仕事はしたくない』という部下がいる。どうしたら良いか」というものです。勿論お金は、生活を維持、向上していく上で欠かせません。しかし、働く唯一の動機付けと捉えてしまうと、人生100年時代と言われる時代には、何れどこかのタイミングで行き詰まります。企業の業績によっては賞与や給与のカットもあり得ますし、定年再雇用になれば給与は必然的に下がります。そのような時に働く意欲が維持できないのであれば、それはレジリエントではありません。この部下は「お金の為だけに働いている」と言っていても、「お金の為に生きている」訳ではないと思います。ならば「何のために生きているのか、人生の目的はどこにあるのか」、ここをあらゆる角度から掘り下げて向き合っていくことで、前述の"Will"にたどり着けるのではないかと思います。
これだけ価値観が多様化している社会では、「正しいキャリア」も「間違ったキャリア」もありません。自分自身で本気になって考え、このような姿になりたい、このようなことが出来るようになりたい、このような役割を果たしたいという将来の「ありたい姿」を具体的にイメージし、それを実現するために行動することを自己決定できれば、それが自分にとっての正しいキャリアであり、キャリア自律です。リーダーとして力を発揮したい、社内で一目置かれるプロ人材になりたい、周囲から感謝される仕事をしたい、どのような姿でも良いのです。それを引き出し、支援していくことが大切です。
以上、今回はキャリア支援の中でもかなり細かいポイントに絞って説明させて頂きました。自社においてどのようにキャリア開発を進めれば良いか、お悩みのことがございましたらお気軽にお問い合わせください。
自動車部品商社勤務を経て、2002年2月よりマンパワー・ジャパン株式会社(現マンパワーグループ)にて、派遣社員のキャリアカウンセリング、面接トレーニング、転職支援に携わり、2008年より支店長として営業部門のマネジメントに従事。営業支援部門を経て、現在はキャリア開発を中心とした人材育成、組織人事コンサルティングに従事。
研修では、双方向のコミュニケーションを意識し、受講生に自ら発言して頂ける雰囲気づくりを得意とする。受講生のキャリアの棚卸のみならず、政治経済社会情勢がビジネス領域にどのような影響を与えるか、その環境変化の中で企業はどのように成長し続けているか、また社員に求められる期待役割は何かについて、受講生に気づきの機会を提供することに情熱を注いでいる。
「受講生が自らのありたい姿(キャリアゴール)を発見し、自信をもって前向きな第一歩を踏みせるように支援する」を自らのミッションステートメントとして、日々ファシリテーションの進化に努めている。