株式会社 ニフコ
商品開発センター 技術主幹 根津 幹夫
私はワケあって"越境"を経験したら、色んな思考のアップデートで行動のリスタートをしています。あなたも"越境"して、葛藤してみませんか?"越境"による人材育成と組織開発の取組みをHRでもなく、コンサルタントでもない、現場の当事者として実践している内容と"葛藤"についてお話したいと思います。
私は、大手自動車部品メーカーの開発設計部署で、プロダクトエンジニアであり、企画開発リーダーです。越境学習プロジェクトの推進リーダーで、自ら越境学習を体験しています。企画創出活動、技術者の人材育成、組織開発の推進を現場の当事者として実践しています。では、なぜこの活動を行っているのか、個々と組織がどんな課題を抱えてどうやって取り組んでいるのかをご紹介をします。そして、なぜ、自分自身が50代目前でベンチャー企業に"越境"をして、どんな価値観の変化が起こったのか。越境学習の効果と越境のハードル別にどんなプログラムを体系的に行っているのかをお話します。
私が長い間、様々な分野のプロダクト開発に従事してきた経験者として、クリエイティブとは、"小さな変化に気づく"ことではないかと思っています。小さな変化に気づくには、興味と関心を持ち、鋭い観察力や洞察力、そして、行動することが重要だと考えます(図1)。技術者だけではなく、間接部門や営業部門の方にも必要なスキルであり、それが創意工夫といった創造性の源泉になると考えています。そのためには、越境を通じた外思考が必要になります。ここで言う"越境"とは、同業界以外の社外に出て、様々な人と接することによる意識と思考の変化を伴う出来事を体験することを示しています。
クリエイティブな技術者の育成ステップと経緯(図1)
弊社は、課題解決型のアイデアからプロダクト提供する企業(独立系自動車部品メーカーB to B)です。弊社の強みは、顧客から言われた困りごとを解決して具現化(顕在ニーズの解決)することです。一方で弱みは、顧客から言われないことは苦手(潜在ニーズの発見)です。これまでは、ありがたいことに、顧客からの信頼もあり、仕事を頂き、顕在ニーズの解決で十分でした。しかし、自動車業界は「100年に一度の大変革の時代」、顧客からの依頼がなくなった時にどうするのか。課題として、自ら仕事を創る能力が必要(潜在ニーズの企画創出)です。しかしながら、コンサルタントによる社員へのインタビュー結果によると、社員の意識は、やらされ感の意識が大きく、他責の傾向が強い。例えば、忙しい、組織が悪い、上司が悪い、指示がない 、教えてくれない、場がない、否定される、言ってもムダ、自分は正しい、部下の能力が低い、言われたことをこなす方が楽などと言ったことがあげられます。いわゆる、"指示待ち"の状態です。また、業績も安定していましたので、危機感の意識もあまり高いものではありませんでした。現場では、危機感の意識が高い者もいましたが、階層が上のマネジメント層ほど、危機感は希薄になっていることも分かってきました。
クリエイティブな技術者の価値と目指す方向性として、正解を出す力(顕在ニーズの解決)から、問題を見つける力(潜在ニーズの発見)を身に付けることが必要だと考えました。また、言われた仕事をやる(やらされ感)から、言われない仕事をやる(自らの裁量)ことを目指すことを目標としました(図2)。
技術者の価値と目指す方向性(図2)
危機感の意識を感じてもらうのに、北風作戦だけでは動かないこともいろいろな施策を行う中で分かってきました。世の中の倒産やリストラ、ポストオフや働かないおじさん問題などの例をとって示しても、会社の業績が良いこともあり、自分ごととは認識しないのです。また、日々の業務が忙しく、気持ちに余裕が持てない状況も、学びへの躊躇とバイアスを生み出しているということが分かってきました。そこで、ハードルを下げた現場目線での育成ステップと、魅力的なプログラム両方が必要であり、それらを少しずつ行っていくことが大切だと感じていました。
社員のプログラムへの参加方法は、はじめは、各部署の人数割り当てによる指名制としました。しかし、指名制では意識と思考の変化は養われず、反発や抵抗も多かったです。そこで、次の年は全てのプログラムを公募制にし、想いがある社員が言葉に出して行動することを促しました。また、プログラムの内容においては、越境と気づきをベースにしたカスタムプログラム構成としました。なぜならば、意識と思考の変化は、外の人や世界に触れる"越境"にのみにより、変化が起こると考えたからです。その根拠は、自らが越境学習としてITベンチャー企業に半年間越境し、実体験をしたからこそ分かった意識と思考の変化が起こったからです私自身に価値観の変化が起こったという原体験をもとに、越境ハードル別の公募プログラム(図3)を作り出しました。以下では、その価値観の変化プロセスを"葛藤"という段階ごとに起こった変化を順番にお話していきます。
越境ハードル別の公募プログラム(図3)
私が50歳になる目前に「他社留学」の越境学習に出会います。人材育成プログラムの一環として導入を検討しました。全社的に導入する前に、まず自ら体験しようと考え、そして、留学者がつぶれないために、自らの強みが最も発揮できないベンチャー企業に行こうというのがきっかけです。しかし、これが想像以上に様々な試練と葛藤を自分自身に課すことになるとは、この時は想像していませんでした。様々な分野のプロダクト開発に従事して独創的なアイデアで同社No.1の特許を保有している自信があったのですが、それは、社内と業界内のみで通用するスキルであり、私の自信はあっけなく崩れ去ってしまうのでした。外で通用する思考とポータブルスキルは、このVUCAの時代には必要だと肌で感じることになります。その一連の体験を通じて、私はいくつかの種類の葛藤を感じていました。越境の葛藤プロセスは、以下の5ステップになります(図4)。
越境の葛藤プロセス(図4)
プロパー社員であり、50代を目前にして、初めてキャリア面談を行い、自分のやりたいことは何なのか?自分を振返ることを繰り返して、頭の整理を行って、悩みと考えることを繰り返す自分を知る期間でした。
アウェイ(留学先)とホーム(自社)の違いに戸惑い、何をすればいいのか試行錯誤しながら、少しずつ分かってくる期間です。また、人とのつながりの大切さを感じながら、色々、上手く動き出してきて、今まで見えなかったことが、急に色々見えてきます。いつもの自社での日常が当たり前ではなく、「おかしい」 ことに思えてくる期間です。
越境の終了によるつながりが切れたという燃え尽き感があり、終了の安心感と反比例して、これからどうつながっていこうかという悩みがどんどん大きくなります。留学中は色々行動してきたはずなのに躊躇する迷いが生じてくる期間でもあります。ここからが本当のスタートになります。
色々、頭の中が整理できると、どう自分の強みを活かして、社外で通用する人間になっていくのかと考えるようになります。危機感と不安からくる焦りがあり、とにかくインプットして学んでみる、アウトプットは、社内外のワークショップなどで実践してみる、社外の人のつながりで仲間や同志づくりを行ってみる、などとにかく行動する原点に戻って、"まずやってみる!"ことにしました。Facebookや社内SNSなどでの発信を増やすことにより、徐々に支援者が増えてきました。
行動量を増やしたり、支援者が増加することにより再び自信がついてくる(越境留学時の自信とは異なる感じ)ので、やっと自走することができます。つまり、学び意欲の背景には、危機感、不安、焦りの解消が大きな動機であったと理解することができました。
今後のキャリアプランでやりたいことを生業としてやっていくためには、会社の肩書をとってもやっていけるスキルと人脈が必要です。差別化のあるアイデンティティのために、どんな点を増やしていくのが良いのか?マイノリティな唯一無二の自分にしかできないことは何なのか?
これを解決するためには、とにかく行動して、自分のタグ付けを他人にしてもらえるようなことをやり続けることが重要です。また、意図的な点よりも偶発的な点の方が、面白い面になるような感覚もあり、たくさんの出会いがそれをもたらすのではないかと感じています。それが結果的に必然だったと思えるようになればいいという感覚でやっています。すなわち、この期間の深い内省により、ビジョンと思考のアップデートと行動のリスタートを切ることになります。
ここで、私が行った行動と発信方法に関して具体策をご紹介します。
組織と会社として、意識や思考とコミュニケーション力の向上を促進するため、昨年度から社内SNSコミュニティをトライアル導入しました。1年半経った現在、技術部を中心として300名程が参加する規模になっています。参加した社員は情報や気づきを「タイムライン機能」にて社内に共有。他の社員の「気づき」から、学びと寛容性が促進し、部門や会社の垣根を超えた社員同士の「つながり」「対話力」を高める効果があります。社内はもちろん、社外も含めた「コミュニティの場」として活用しています。全てのプログラムの実勢状況や留学のレポートをこのコミュニティでオープンすることにより、興味関心と何でも話せる、安心安全の場づくりをしています。このコロナ禍だからこそ、オンラインでの人と人のつながりを促進する仕組み作りも合わせて、構築する必要性を感じているので、並行して始めた取組みになります(図5)。
社内SNSコミュニティ「Teamlancer」(図5)
2016年の企画の仕組みづくりから、今年で6年目の取組みになります。1人で始めた活動ですが、上司や様々な人のサポートがあり、ここまでやってくることができ、感謝の気持ちでいっぱいです。また、昨年と今年の弊社サステナビリティレポートに活動を掲載、ステークホルダー向けの株主通信にも掲載して頂き、少しずつ社内外に認知して頂けるようになってきました(図6)。このことにより、私自身の活動が個人から会社に変わり、さらに活動しやすくなり、社外の多くのつながりと仲間が増えていくことになりました。
サステナビリティレポート掲載記事(図6)
越境学習におけるポイントとして、ネガティブに悩むのではなく、如何にポジティブで質のいい"葛藤"を得られるかだと思います。葛藤は悪いものだという認識ではなく、成長の糧になります。葛藤における成長の発達とは、自己中心的な考えの減少だと考えています。つまり、越境学習を経験した人は、人を思いやる優しさが生まれることで、人のつながりが広がります。
次に、越境後の再適応期間において、個人のビジョンと会社のMVVとのギャップ差が生じず、うまくブリッジ出来れば、次のステップに進むことが出来ます。個人のビジョンと思考は、新しいことを学びながら常にアップデートしていけばよいと考えていますので、時代と状況により柔軟に変化させていけば良いと思います。
自分自身を振返ってみると、越境の価値は、社外コミュニティでの人と人のつながりと様々な自分の内と外への気づきであり、色んな人に助けられた葛藤が成長につながったと感じています。また、越境の当事者で体験したからこそ、人材育成における勘所が分かり、人材育成にフィードバックと説得力を与えることもできました。私自身は、20代は専門性、30代は経験、40代は人脈、そして、50代は行動だと実感しています。価値観の変化が起こったのは、40代後半になってからであり、「新しいことを学ぶ」のに年は関係ないと思いますので、いつからでも新たな学びと行動のスタートがきれると思います。
今後の活動として、「越境×気づき」価値創造プランナーとして、体系的な面での技術者育成プログラムをプランニングと実践して、まずは、クリエイティブな技術者と組織を創造することが当面の目標です。また、ミドルシニア越境エバンジェリストとして、この経験を同じ課題で困っている人に伝えて、一緒にたくさんの人を笑顔にしていけたら嬉しいです。みなさんと自分にとってHappy-Happy思考で活動して、お役に立てればと思いますので、お気軽にお声がけ頂けると幸いです。
ミドルシニア越境エバンジェリスト
「越境×気づき」価値創造プランナー
1994年 株式会社ニフコに入社。自動車、住宅設備、事務機器、農業、及び医療機器等の様々な分野の開発に従事。独創的なアイデア提案を強みとした開発で、同社No.1の特許130件を保有。現在、企画開発のリーダーとして、全社における企画創出活動の推進、及び技術者の人材育成を展開中。
人材育成のプログラムを検討している中で、越境留学のシステムに出会う。技術者の育成検討と自らのアップデートのために、自らが先駆けとして6ヶ月間の留学をITベンチャー企業でパラレルキャリアを実践。その様子をNHK「クローズアップ現代+」で放送。