まさか、現代において世界中で疫病が蔓延し、外出自粛に追い込まれるとは想像だにしなかった。東京オリンピックが一年延期など、誰が予想しただろうか。
大変な世の中になった。
だが、冷静に思い返してみると、コロナ禍になる以前から「大変な時代だ」と騒いでいたような気がする。コロナだから大変だ、というよりはコロナ以前から大変だった世の中が、コロナによってより一層か混迷の度合いが深まり、大変さが増したと考えるのが妥当だろう。
我々は今の世の中をなぜ「大変だ」と考えるのだろうか。
それは、今が「大きく変わろうとしている時代」だからだと考える。人を含めて生き物というものはそもそも変化を好まないものだ。昨日と同じように今日を生き、明日も同じように、食べて寝て子孫を残す。平穏無事こそ願わしい。しかし、そんな我々も環境が激変する中では安穏とはしていられない。否が応でも変化しなくてはならない。だから、我々は、今という時代を「大変だ」と思うのではなかろうか。
企業もまたこの環境変化に応じて変化しなくてはならない。各社社長の年頭挨拶では、自社が変わらなくてはいけない、「今年こそ変革の年と定め」といった言葉が聞かれる。では、企業変革とは具体的に何を変えることなのだろうか。私は、企業変革とはビジネスモデルを変えること定義していると。一般にビジネスモデルは、「誰に(顧客及びその集合体である市場)、どのような価値を(製品・サービスのもたらす顧客価値)、どのような方法で提供し(生産方法、販売方法など)、どのように課金するか(課金先、価格水準など)」の4つの要素から成り立つ。この中の一つないし複数の要素を変えなくてはならない時こそが、企業変革の時ということになる。例えば、誰に、であるが今まで日本の若者向けにビジネスを行なってきたビジネスがあるとすると、これからは若者の数が減少するため、マーケットは縮小することになる。これではいけない、と判断するなら、それはターゲットを変えなくてはならない。中高年向けに対象を拡大するか、若年人口が増加している海外の国に目を向けるか、いずれにせよビジネスモデルの変更が必須である。
新たな技術の台頭により、商品そのものを変えざるを得ない場合もある。フィルムカメラがデジカメに駆逐されたのは典型的な例だ。昨今巷で語られる破壊的イノベーションは、業界他社に大きな影響を与える。他社のビジネスモデルを破壊し、新たなビジネスモデルを構築しなくてはならない状況を作り出す。さらに付け加えると、破壊的イノベーションは何も新技術の出現によるものばかりではない。最近の回転寿司は、既存の寿司屋にとって十分破壊的イノベーションとなる。回転寿司の発祥は1958年東大阪の元禄寿司とするのが定説のようだが、昔の回転寿司のイメージは安くて便利だが味は値段相応というところだったのではないだろうか。「父ちゃん、たまには回らないお寿司が食べたい」というジョークは当時の回転寿司のクオリティが既存寿司店に比べると低かったことを物語っている。しかし、近年の回転寿司のクオリティをみなさんはご存知だろうか。寿司だねの鮮度・品質はもとより、最近の回転寿司は回っている皿を取るばかりでなく、オーダーしてその場で握ってもらうことが普通だ。店によってはタブレット端末で注文し、リニアモーター式の配膳台で文字通り飛んでくる。ここにきて、従来の安かろう悪かろうのイメージはかなり払拭されたのではないだろうか。従来の寿司店もよほどの高級店ならいざ知らず、中級店以下の場合安閑とはしていられないだろう。
皆さんの会社の主たるビジネスモデルは、果たして安泰だろうか。
さて、企業の変革を担うのは他でもない社員である。だが、残念なことに多くの会社で指示待ち社員が増えていることが指摘されている。言われたことは忠実に実行するのだが、自分の頭で考えて、なすべきことを提案し実行するような自立型人材が不足するという。
企業の変革は決してトップのみが考えて事足りるようなものではない。むしろ次のチャンスは直接お客様やお取引先と対面している現場にあるものだ。現場の一人一人が問題意識を持ち、次のビジネスチャンスを狙うようにならないと新たな価値創造はできない。
では、どのようにしたら社員の自律化自立化を進めることができるのだろうか。ここに一冊の本がある。「米海軍で屈指の潜水艦艦長による「最強組織」の作り方(東洋経済新報社、2014年 L.・デビッド・マルケ著)」である。米海軍一のダメ潜水艦と言われた原子力潜水艦サンタフェをわずか一年で屈指の優秀艦に生まれ変わらせたプロセスが描かれている。改革のキーコンセプトは"権限委譲"。軍隊組織でありながら、マルケ艦長は上位下達を嫌い、命令による行動統制を極限まで減らす。乗組員1人1人が自らの頭で考えることを推し進める。ただし、間違いを防ぐため、自分の行動を周囲にあらかじめ報告することを求めた。「艦長、自分は〇〇を行います。なぜならXXだからであります!」、「よし!」といった具合だ。休暇を付与する権限なども、従来は艦長の専権事項であったものを、現場の下士官に委譲した。このような一連の活動は極めて有効で、その後サンタフェは数々の表彰を受ける成績を残すことになった。
我が国でも社員の自立性自律性を引き出す工夫をしている企業はある。トヨタ自動車には有名な「なぜを5回繰り返す」という文化があるが、これは社員が自らの頭で問題の原因を追求し、解を見出す訓練になっている。問題を持ってきた社員に対し、すぐに答えを与える管理職は評価されない。すぐに答えを出すのではなく、「なぜその問題が起こったと思うか?」と問いかける。帰ってきた答えが不十分なものであったら、さらに問いを続ける。社員が十分に考え抜くまで質問を繰り返す。真因にたどり着いたら、「で、君ならどう解決する?」と問う。このようなことを日常的に行なっている。
リクルートでは「で、君はどうしたいわけ?」と頻繁に問いかけられる。答えが陳腐だと叱られるため、社員は常に"自分はどうしたいのか?"を自問し続けることになる。しかも、この問いは部下から上司に向けられることもある。私はリクルートのフェローを務めていたが、頻繁に「野田さんは何をしたいのですか?」とよく問われた。一見失礼な質問なのだが、同社ではこれが当たり前とされていた。私も気を抜くことは許されなかった。フェローに相応しい、"なすべきこと、やりたいこと"を考え続けることになる。
これらの組織に共通しているのは、「自分の頭で考えること」が組織文化として定着していることだ。そして、組織文化を象徴する、"口癖"が共有されている。
常に考え続けること、常に問題意識を持ち続けることをトップから一社員に至るまで大切にする文化を醸成することが何よりも大切である。
さらに最後に付け加えるなら、どのようなアイデア・考えを口にしてもそのことで叱責されることはなく、挑戦したことが上手くいかなくても減点されることなく次のチャンスが与えられる、"心理的に安全な組織"が必要なことは言うまでもない。
一寸先も見通せない「大変な時代」だからこそ、全社員が価値創造者となって生き抜いていきたいものだ。
株式会社リクルート リクルートワークス研究所 特任研究顧問
㈱野村総合研究所、㈱リクルート新規事業担当フェロー、多摩大学教授を経て2008年より現職。大学院で学生の指導にあたる一方、大手企業の経営コンサルティング実務にも注力。これまでのテレビ出演は、TBS系列『ブロードキャスター』コメンテーター、日本テレビ系列『ズームインスーパー』ニュース解説担当、NHK総合『経済ワイド ビジョンe』メインキャスター、同『Bizスポワイド』メインキャスター、NHKEテレ『仕事学のすすめ』トランスレーター、BSジャパン『7PM』メインキャスターなど。現在は、TOKYO MX『モーニングCROSS』(毎週月〜金曜・朝7時〜8時)にコメンテーターとして出演。
【主な著書】
『組織論再入門』(ダイヤモンド社)
『中堅崩壊』(ダイヤモンド社・電子版)
『あなたは、今の仕事をするためだけに生まれてきたのですか』(共著:日本経済新聞出版社)
『二流を超一流に変える「心」の燃やし方』(フォレスト出版)
『実はおもしろい経営戦略の話』(SB新書)
『人を動かし、自分を導く リーダーシップ』(KADOKAWA)
『当たり前の経営』(ダイヤモンド社)
『あたたかい組織感情 ミドルと職場を元気にする方法』(ソフトバンククリエイティブ)