PIP(Performance Improvement Plan:業務改善計画)で難しいのは、目標を設定すること自体ではありません。対象者が職務で求められる水準に対してどこまで改善したのかを、上司・人事・本人が同じ根拠で確認できる状態をつくることです。
目標が曖昧なままPIPを始めると、上司は「まだ改善が足りない」、本人は「十分に改善した」と受け止めるようなズレが生じ、期間終了時に目標の妥当性や改善の判定をめぐって認識が一致しなくなることがあります。本記事では、何をどう目標にすれば改善状況を適切に確認できるのかを解説します。
なお、PIPの基本的な考え方については「PIPは組織力の成長に貢献!適切な指導とコミュニケーションが成功のポイント」、導入前に会社として整えておきたい前提については「PIP導入前に人事が押さえておきたい5つの条件」で解説しています。
PIPの目標は、本人に新たな挑戦を促すためのものではありません。職務で求められる水準と現状との差を明らかにし、一定期間の支援を経て、どこまで改善したかを確認するための基準です。
PIPにおける認識のズレは、日常的なコミュニケーション不足だけが原因とは限りません。上司は日々の指導で問題点や期待を伝えてきたつもりでも、本人はそれを通常の指導として受け止め、PIPの対象になるほど問題視されているとは認識していないことがあります。
この状態のままPIPを開始すると、次の4つについて認識がすり合わないまま進んでしまいます。
PIPの目標設定は、この4つを一本の線につなぎ直し、関係者が同じ前提に立てるようにする作業です。
通常の目標管理制度(MBOなど)と混同すると、PIPの目標が、通常の育成目標や挑戦的な目標になってしまい、改善の有無を確認する基準として機能しにくくなります。
PIP期間中も通常業務は続くため、通常業務の目標とPIP固有の改善目標は切り分けて管理します。「何を達成すれば高く評価されるのか」ではなく、「何ができる状態になれば、求められる水準まで改善したと判断できるのか」この視点が出発点です。
「もっと積極的に行動する」「コミュニケーションを改善する」のような抽象的な表現では、人によって解釈が異なります。「顧客からの問い合わせには24時間以内に一次回答する」「週次ミーティングまでに進捗報告を行う」など、誰が見ても同じ基準で達成状況を確認できる表現にします。新しい要求水準をつくるのではなく、本来求められている水準を言語化することが重要です。
現在のパフォーマンスが求める水準にどの程度届いていないかを、印象ではなく評価結果や個人のKPI達成度など、確認できる事実で示します。これにより、「何が問題か」ではなく「どのギャップを埋めるべきか」を具体化できます。
成果だけを目標にすると、本人だけではコントロールできない要因にも結果が左右されます。たとえば営業職であれば、営業成績という結果指標(遅行指標)だけでなく、「週次の顧客訪問件数」や「提案書の作成本数」といった行動指標(先行指標)も、上司と人事で事前にすり合わせておくことが重要です。
結果指標だけでは、改善に向けた行動が変化しているかを途中で確認できません。行動指標を設定しておけば、PIP期間中の定期的なレビュー面談でも具体的な進捗を確認しやすくなります。
PIPの目標は、会社が求める役割・水準と、改善を確認する基準を明確に示したうえで設定し、出来る限り本人の合意を得てからPIPを始めるのが賢明です。合意のないままのPIPは、改善するものも出来なくなってしまいかねません。
会社が期待する水準を明確に示したうえで、本人の認識や事情を対話を通じて確認し、認識に相違があれば、その内容も考慮して目標や支援の進め方を調整・すり合わせます。どうしても合意に至らない場合は、その事実とやりとりを記録に残しておくことが重要です。
一方で、本人が納得感を持って改善に取り組めるよう、十分な対話の機会を設けることも欠かせません。
PIP期間中は、定期的なレビュー面談を通じて、目標に対してどこまで改善が進んでいるかを確認します。その際は結果だけを見るのではなく、本人の改善状況や支援の妥当性も含め、次の4点を確認します。
・設定したアクションプランや改善状況
当初定めたアクションプランに沿って、改善状況がオントラックかを確認します。
・会社・上司が提供した支援内容
会社や上司が、実際にどのような支援(研修・同行・ツール・リソースの提供など)を行ってきたかを確認します。支援が実効性のあるものだったかは、後に評価の妥当性が問われる場面でも重要な確認事項になります。
・改善に影響する外部・内部要因の有無
本人の努力とは関係のない要因、たとえば急な組織変更や担当業務の変更などが改善の妨げになっていないかを確認します。外部・内部要因があった場合は、それを踏まえて評価や今後の対応を検討する必要があります。
・一部に見られる改善と残る課題
目標をすべて達成していなくても、一部の指標で改善が見られる場合は、その事実と、なお残る課題を確認します。達成・未達成の二択で判断するのではなく、期待水準に対してどこまで改善したかを丁寧に捉えることが重要です。
PIP期間中の定期レビューの段階で、期間内に期待水準へ到達することが難しいと見込まれる場合は、早い段階で本人に伝えます。曖昧にしたまま続けると、上司は「不十分」、本人は「順調」と受け止めたまま期間終了を迎え、最終判定が本人にとって突然の判断に感じられかねません。
重要なのは、期間の最終盤になって初めて結果を伝えるのではなく、途中の段階から、会社が現在の改善状況をどう見ているか、今後どのような対応を検討する可能性があるかを本人にしっかりと伝えておくことです。
目標や評価が曖昧なままPIPを進めた結果、法的なリスクにつながった事例もあります。
ブルームバーグLP事件(東京高判平成25年4月24日)では、3回にわたるPIPが実施されたものの、各回の評価内容が抽象的で、改善に向けた具体的な支援策も十分に行われたとは認められませんでした。その結果、解雇は権利濫用にあたり無効だと判断されています。また、この事案では、後半のPIPで目標達成に近づいていた事実も考慮されました。
曖昧な評価・解釈ができてしまう目標や形式的なPIPに終始せず、本コラムで紹介したような具体的な目標設定と、実際の注意・指導・支援、そして場合によってはPIP期間中からの警鐘・警告を行うことが、こうしたリスクを避けるうえでも重要です。
PIPの目標設定を成功させる鍵は、目標そのものを精緻に設計することだけではありません。会社が求める水準、本人の現状、改善を確認する基準、支援とレビューの方法をつなげ、上司・本人・人事が同じ根拠で確認できる状態をつくることにあります。
押さえておきたいポイントは、次の5つです。
この一連の流れをあらかじめ設計しておくことで、PIPの形骸化を防ぎ、本人の改善を支援し、その結果を適切に確認できるPIP運用につながります。
PIPにおける目標設定やレビュー面談の進め方、上司からの伝え方に不安がある場合は、マンパワーグループの業績改善プログラム(PIP)上司向けトレーニングもご検討ください。