

前編では、「心の筋力の状態」と、組織の協働・連携や離職との関係を整理しました(前編はこちら)。後編では、「心の筋力」を育てるために1on1の時間をどう使うかを考えます。
「心の筋力の状態」が「安定」の方向に変化していくことには、大脳新皮質、特に前頭前野を含む脳の働きも関わっていると考えられます。
では、脳は何によって変化するのでしょうか?
脳は、経験や学習などの「刺激」によって変化していきます。筋トレが、特定の筋繊維に刺激を入れることで筋肥大を促すように、「刺激」が反復的に入れば、心の筋力も育っていくと私たちは考えています。
そして、心の筋力を育てる「刺激」として私たちが重視しているのが、「思考すること」。
つまり、「経験を思い出し、反すうし、未来を想像し、事実を整理し、感情を確かめ、意思決定する」といった振り返りや内省・思考のプロセスが「心の筋力」を育てるということです。特に、確かな答えのないことを思索し探究し、自分なりの答えを出し続けることは脳に大きな負荷をかける分、「心の筋力」の成長を促すと言えるのです。
「みなさんは、最近半年の間に部下の夢や願い(例えば、1年以内に実現したいことや10年後にありたい生き方など)について傾聴したり対話したりする時間を取りましたか?」
これも、研修の中でマネジャーのみなさんにしばしば問いかけることです。
「やらねばならないこと」に忙殺される日常の中で、一見、業務上必須とは思えない上記のような問いかけを、部下とわざわざ時間を取って実践されているマネジャーはそれほど多くありません。
しかし、人間は「聞かれなかったら考えない」といったことがよくある生き物なのです。だから、「聞かれない」→「考えない」の繰り返しの毎日では「心の筋力」が育たず、「不安定」な状態の人が知らず知らずの間に組織の中に増えていく可能性があります。そして、中長期的には協働力・連携力の低下や孤立化のまん延、突発的な離職の増加といった現象につながっていきます。
ここで、1on1の時間を「部下自身に内省・思考を促し、主体的な行動選択の可能性を探求する」ための、コーチング的な対話の時間と再定義する意味が生まれてきます。
多くの組織において、1on1の時間は「心理的安全性を高めることが重要」という認識のもとに、上司と部下の関係性の中に心理的安全性をもたらす目的で実践されていると思います。ですので、「仕事に限らず、何に関して話してもよい」「感じるままに話してよい」ということが奨励されますし、その具体的な形の一つとして「雑談経験」も重要であると言えます。
しかし、回数を重ねるに従って、2者の間にある程度の心理的安全性が培われてきたら、雑談の効用も相対的に低下してきます。そして、事実「心理的に安全」な関係性になってきていたら、むしろ「この時間、雑談だけしてるのもったいないですよね?」なんて声がその場で部下から出てくるのが自然なはずです。
そんなときが、1on1の時間の「意図(なんのためにこの時間を使うのか?)」を再定義するチャンスです。
「雑談」と「コーチング的な対話」の一つの大きな違いは、「雑談」は比較的「コトガラ」に焦点が当たり、「コーチング的な対話」は「ヒトガラ」に焦点が当たる点にあると考えています。
「コトガラ」に焦点が当たるというのは、例えば「この週末はどこそこに行ってきてー」「へー、誰と行ってきたの?」なんていうように、相手の話したい「話題」や「エピソード」に焦点を当てて情報の表出を促すようなやりとり。
それに対して「ヒトガラ」に焦点が当たるというのは、「それであなたはどんな風に感じたの?」とか「あなたをそのように行動させた衝動って、あなたのどんな価値観から湧いてくるものなんだろう?」というように、「あなた」を主語として、エピソードや行動(コトガラ)の内面にある感情やイメージ、価値観などに問いを向けて、より深く「その人となり」の表出を促すようなやりとりのこと。
「コトガラ」を話すというのは、叙述的であまり深い感情に触れずに済む分、話す側は話をしやすく、聞く側も理解しやすく聞きやすいので「互いについて知っていることが多い安全な関係」を築く段階では非常に有用です。しかし、ある程度1on1を重ねているのに会話の焦点が「コトガラ」に終始していると「なんとなく、表面的でうすっぺらく」感じられることもあるはず。
そんなときこそ、「1on1のこの時間に対して、あなたは今どう感じてる?」と聞いてみましょう。「どう感じてる?」と聞くだけで「ヒトガラ」の方向に少し舵を切ることができます。そして、相手の想いを聴きつつ、改めて、部下とともに「この時間を、いろんな角度からあなた自身の経験やありたい未来、そして内面のモヤモヤを内省・言語化するための時間にしませんか?」と提案し、認識をすり合わせて、コーチング的な対話の時間とすることにチャレンジしてみてください。
人間は「一人で頭の中で考える」よりも「問いかけてくれる相手」がいて、「相手に話しながら考える」方がより深く考えられる生き物なのですから、1on1の時間をコーチング的な対話の時間と再定義することで、「じっくり考え、心の筋力を育てる」時間が確保できます。
そして、心の筋力を鍛える「問い」の例としては以下のようなものがあります。
などなど。心の筋力を鍛える問いの方向性にはいくつかのカテゴリーがありますが、ここで大切なのはまず上記のように「相手が自分の内面を探るきっかけとなるコトガラ」に問いが向いていること。
そして、上記のような問いかけに対して「こんな状態かな」とか「こんな瞬間かな」と話が出てきたら、その話しぶりを踏まえて「想像してみてどんな感情が湧いた?」とか「そのイメージが出てきた背景にある、あなたが大切にしたいことってなんなんだろう?」などと「ヒトガラ」の探求に目が向いていくような質問を重ねていくことが大切です。
また、こういった問いに対しては「簡単に言葉にならない」ということも多いはずです。その「言葉にならない、けど言葉を探す」沈黙の時間が実は非常に大切なのです。その沈黙の時間を、安心して沈思黙考させてあげられる雰囲気をキープすることもマネジャーの大切な役割と言えます。
忙しい日常の中では多くの人が「考えずに、反応する」ことが中心とならざるを得ません。「わざわざ時間を取って沈思黙考する」なんてことがなくなりがちになるからこそ、いつの間にか「心の筋力の状態」が低下し、瞬間の「本能的な快・不快感覚で反応的な行動をする」人が増えていくリスクが常にあるのです。
そして、組織の中で「心の筋力の状態」が「安定」な人の比率が40%を下回るようになると、組織の協働力や連携力は弱まり、孤立化が進み、突発的な離職といった現象が増えやすくなるのです。
私たちの支援しているある組織では、マネジメント層が対象部下を20名弱選定し、「月1回・1時間の1on1でのコーチング型の対話」を6か月継続実践しました。事前・事後にPSAパーソナリティ診断による「心の筋力の状態」を捕捉しているのですが、6か月後の心の筋力の状態の変化について次の結果が得られています。
コーチング型の対話対象メンバー群:上昇47% 変化なし41% 低下12%
対話を特に実施していないメンバー群:上昇18% 変化なし55% 低下27%
この組織では1on1の時間の目的の再定義とコーチング型の対話について、マネジャーが学び、練習と実践を重ねました。
特に集中的に練習・実践・振り返りしたのは、以下のような諸点です。
など。もちろん、人も対話の流れも流動的なもので、「こうすればこうなる」なんて固定的な正解はありません。だからこそ、マネジャーたち自身も実践と相互振り返りを通じて、さまざまな気づきや工夫を蓄積していきました。
こうした取り組みの中で、部下から「この時間がなかったら日頃考えなかったことが考えられてよかった」とか「頭の中がモヤっとしていたけれど、この時間でスッキリ明確になりました」といったフィードバックをもらうと、マネジャー自身も学びがいがあり、うれしいものです。
この好循環が回り始めると、1on1の時間が「部下にとっても」、「マネジャーにとっても」、「組織にとっても」、「うれしい」時間になっていくことが期待できると思います。
ぜひ一度、自社の1on1の現状を見つめ直してみてください。

1996年株式会社リクルート入社。7年間、人材総合事業にて創業経営者系企業を中心に中小~上場企業まで300社以上の企業の新卒・中途採用/人材育成プログラム導入/人事評価制度導入などの課題解決に従事。事業戦略・営業戦略を人事戦略に落とし込むスキルを磨く。その後10年間、カーセンサー事業にてメーカー・ディーラー担当ゼネラルマネジャー、カーセンサー東海版 編集長兼版元長、営業戦略ゼネラルマネジャーを歴任。営業戦略の策定/実行、営業行動マネジメント改革/全国展開、ナレッジマネジメント改革、営業マネジャー・リーダーの戦略実行コーチングに従事。営業組織の変革を主導し業績のV字回復に貢献。2013年、リクルートを退職し株式会社イー・ブリッジCに参画。『 「個」の可能性と主体性を引き出すONLY1のソリューションを 』をテーマに、PSAパーソナリティ診断 × コーチング/関係性システムコーチング技術を基盤にした各種トレーニング・セッション提供とエグゼクティブコーチングに従事。