

現在、みなさんの組織の全メンバーのうち、「意志力」「自制力」「共感力」「協調力」といった「自己中心的・衝動的な快・不快感覚に、行動が流されにくい力」を発揮できる状態のメンバーは何パーセントくらいいると思われますか?
みんな大人なんだから100%でしょうか?それとも、意外に多くの人がこうした力が弱っていそうでしょうか?
詳細は後ほど解説しますが、私たちは組織開発や人材開発において、こうした「自己中心的・衝動的な快・不快感覚に、行動が流されにくい力」のレベルを「心の筋力の状態」と名付けて、個人別に可視化するPSAパーソナリティ診断を提供しています。
そして、これまで多くの企業から相談をいただき、その組織の構成員のパーソナリティ分析と組織開発・人材開発の支援を手掛けてきました。
相談いただく課題感は以下のような内容が中心です。
「離職率が高く、特に突発的離職が頻発して困っている」
「業務上、必要最低限のコミュニケーションしかなく、困っている人が放置されがち。相談したり助け合ったりする風土がない」
「中期の経営計画を立てて方針共有もしっかりしているのに、会社の未来に向けて主体的に行動する人がなかなか出てこない」
この5年で関わった約690組織・法人、25,000件以上の受検結果の分析と継続的な支援を通じて、以下の傾向が明らかになってきました。なお、PSAパーソナリティ診断では「心の筋力の状態」を8つのレベルで測定しており、そのうち上位2つを「安定」としています。
1、2については、直観的には「そりゃそうだ」と思われませんか?
組織の中の多くの方がこうした力を発揮できる状態ならば、個人的・衝動的なけんかのような衝突や無関心・逃避といった態度は減り、建設的な議論や相談が増えることは想像に難くありません。
逆に組織の中の多くの方がこうした力を発揮できない状態ならば、けんかのような衝突が増えたり、「めんどくさいから関わらないでおこう」といった無関心・逃避的な振る舞いが増えたりすることも容易に想像できるでしょう。結果として離職率やメンタルダウン率にも影響するはずです。なぜなら、離職やメンタルダウンの原因の中心には、多くの場合「人間関係」が存在していると考えられるからです。
しかし、直観的には「そうだよね」と思えても、自組織のメンバーが今どんな状態にあるかを、組織の健康診断として定期的に把握している組織は多くありません。また、「心の筋力の状態」を「安定」に向かわせる施策として、「対話(コーチングカンバセーション)」の機会を設計・実行している組織も、まだ少ないのではないでしょうか?
1on1を実践している組織でも、やっているうちに1on1の時間に対する認識が当事者によってまちまちになってしまい、「単なる雑談の時間」や「業務確認の時間」に変質していって、やっている当事者から「いったいこれって、なんのためにやっているの?忙しいのに」なんて声が出ているケースもたくさん見てきました。
以下では改めて、「心の筋力の状態」とは何か、そして「心の筋力の状態」が「安定」の方向に変容していくために必要なことは何かを整理します。結果として、みなさんの組織において1on1での対話の意義・目的がコーチングカンバセーションの文脈で再定義され、組織の協働力・連携力向上および離職率低減に資する施策として意欲的に取り組んでいただけることを期待します。
「みなさんは、何か目標を持って生まれてきましたか?生まれた瞬間に、私の目指す姿はこれだ!なんて、ありましたか?」
これは、私たちが組織開発や人材開発の研修の中で、参加者に問いかける質問です。
もちろん答えは「そんなのあるわけない」。
生まれた瞬間にいきなり「俺は海賊王になる!」なんて言う人はいないわけです。
そして重ねて質問します。「では、あなたが夢や憧れのようなもの、『なりたい』や『やりたい』を心に抱いた一番最初はいつごろですか?」と。
すると、多くの方が「幼稚園の年長くらい」とか「小学校の中学年くらいかな」とか答えてくれます。時期はまちまちですが、小学校~中学校という答えが大半で、「夢も憧れも想像したことがない」という方はまだ出会ったことがありません。
生まれたときには何もなかった夢や憧れ、目標を、6歳~15歳くらいになると、なんとなくでも抱くようになる。この変化は、その間に「脳が変化した」ことの表れだと考えられます。
その変化に大きく関わっていると考えられるのが、大脳新皮質、特に前頭前野と呼ばれる部分です。前頭前野のネットワークがつながり、経験を通じて特定の回路が強化された結果、夢や憧れ・目標といった抽象的なまだ現実化していないものを「想像し、欲求する」ことができるようになると考えられます。
また、こんな質問もします。
「感動的な映画を観て、感動のあまり涙を流している3歳児を見たことがありますか?」
こちらもまだ「見たことあるよ!」という人には出会っていません。
ところが、小学生や中学生になってくると他者や状況に感情移入して「感動」したり「共感」したりできるようになるのです。
つまり、大人の私たちがごく当たり前に感じる「感情」の多くも、実は経験的に後天的に身に付けたものだということ。
そして、この「以前は感じなかった感情を感じる」という変化もやはり大脳新皮質・前頭前野が「経験によって」変化したことの表れだと、私たちは捉えています。
冒頭で触れた「心の筋力の状態」とは、こういった「目標や夢を描いて、自信を感じながら意志力を発揮して行動選択する状態」や、「他者の感じ方を理解・受容しつつ、共感・協調力を発揮して行動選択する状態」などを指しています
さて、この「心の筋力の状態」がなぜ重要なのでしょうか。その理由は、私たちの行動を決定づけるもう一つの脳の働き、「大脳辺縁系」と「情動反応」を理解するとよりはっきりします。
大脳辺縁系は、大脳新皮質の奥、大脳の中心部あたりを指し、情動反応などに関わっています。この脳部位の働きの特徴は、「無意識に、瞬間的に反応しちゃう」こと。
人間も含めて、すべての生き物にとってもっとも重要なことは「生き残る」ことです。天敵や天災といった生命の危機に直面すると、多くの動物は瞬時に「攻撃する」「逃げる」「固まる」のいずれかの反応をします。こうした命の危機の際には、じっくり考えるより先に、瞬時に無意識に行動が決まることで「生存確率」を高めているのです。
私たち人間も、大脳辺縁系は「本能的に、瞬時に反応」します。「やられる前にやりたい」とか「とにかく逃げたい」といった感覚が湧く。この感覚が「情動反応」です。そしてこれは本能的な「快・不快の感覚」と直結しています。
ところが、人間は「考えてしまう」。
非常ベルが鳴ったときなども、つい「周りの人はどう動くかな?」とか「今やっていることを放り出せない」とか、考えてしまう。そのうえで、どう行動するかを決めることが多いのです。
つまり、経験を積んだ人間は、「情動反応」が湧いても、その感覚を抑え込んで「別の行動」を選択できるのです。私たちが「心の筋力」と呼んでいるこうした力には、大脳新皮質、特に前頭前野の働きも関わっています。
なぜ、人間は他の多くの生き物よりも、この「心の筋力」が発達したのでしょうか? それは、人間が「集団で生存確率を高める」方向に進化してきた結果だと考えられます。言語を操り、先々の予測やイメージを共有し(ちなみに未来を予測できるのも人間の大きな特徴です)、計画的に役割を割り振って行動する。そうして「集団としての生存確率」を高めるためには、大脳新皮質・前頭前野が発達し、「心の筋力」が発達する必要があったということです。
ここまで整理してくると、「心の筋力の状態」がなぜ重要かは明らかです。
一人一人が情動反応に流されずに、他者と協調して役割に応じた行動を選び、組織として目指す目標をわが事として実現する。そのためには、「心の筋力の状態」が「安定」していることが重要なのです。
逆に「不安定」だと、先々の目標を実現したときの喜びや、他者から感謝されたときの喜びよりも、今この瞬間の本能的・衝動的な快・不快感覚を優先して行動を選びやすくなります。私たちのこれまでの支援データでも、「心の筋力の状態」が「安定」したメンバーの比率が低い組織では、個人の孤立や、突発的な離職・メンタルダウンが生じやすい傾向が見られました。
つまり、一人一人の持ち味を生かしながら、協働・連携が活発なハイパフォーマンスな組織を目指すのであれば、「安定」したメンバーがどれくらいいるかは、ベンチマークすべき指標だと思います。
「安定」したメンバーが60%を超える組織の傾向を踏まえると、次に知りたいのは「どうすれば心の筋力の状態を安定させられるのか?」です。ここを理解できると、冒頭で述べた継続的な1on1での対話(コーチングカンバセーション)の有効性も理解いただけると思います。後編では、この点を詳しく見ていきます。

1996年株式会社リクルート入社。7年間、人材総合事業にて創業経営者系企業を中心に中小~上場企業まで300社以上の企業の新卒・中途採用/人材育成プログラム導入/人事評価制度導入などの課題解決に従事。事業戦略・営業戦略を人事戦略に落とし込むスキルを磨く。その後10年間、カーセンサー事業にてメーカー・ディーラー担当ゼネラルマネジャー、カーセンサー東海版 編集長兼版元長、営業戦略ゼネラルマネジャーを歴任。営業戦略の策定/実行、営業行動マネジメント改革/全国展開、ナレッジマネジメント改革、営業マネジャー・リーダーの戦略実行コーチングに従事。営業組織の変革を主導し業績のV字回復に貢献。2013年、リクルートを退職し株式会社イー・ブリッジCに参画。『 「個」の可能性と主体性を引き出すONLY1のソリューションを 』をテーマに、PSAパーソナリティ診断 × コーチング/関係性システムコーチング技術を基盤にした各種トレーニング・セッション提供とエグゼクティブコーチングに従事。