複数の企業により構成されているグループ会社では、その親会社が経営の中枢を担う場合が多く、人事施策についても親会社が取り纏めるケースが一般的です。一方で、これまでの歴史や事業背景等に鑑み、子会社に任されるケースもあります。
特に親会社と異なる性質を持った子会社、例えば事業内容が大きく異なる、最近買収した会社である、親会社の評価・報酬制度が馴染まない、などの場合、親会社の人材育成体系が自社にはフィットしないケースが往々にしてあり得ます。そのような場合、人材育成担当者はどのような観点で自社に合った育成計画を立てればよいのか、その留意点を解説いたします。
経営理念は、将来の会社の「ありたい姿」や「目指す方向性」が明確に描かれているものであり、グループ会社の親会社であれば、HP等でも社内外に示されていることと思います。一方で、その子会社のHPを見てみると、自社の経営理念が明確に描かれてないケースが時折見られます。経営理念は、会社がどのような価値観をもっているのか、どのような考え方に基づいて事業を運営しているのか、またどのように社会的責任を果たそうとしているのか等を示す、会社における唯一無二のアイデンティティとも言えます。これは人材育成方針を策定するにあたり必要となる「ありたい社員像」を検討するにあたり、第一の「拠り所」として踏まえなければならないものとなります。
よって、経営理念が明確になっていない場合、最初に取り組まなければならないのは、「経営理念の明文化」です。親会社が掲げる経営理念に即したビジョンや方向性を描くことは必須ですが、自社の事業領域においてどのような姿を希求するのか、親会社とは違った側面が必ずあるはずです。
先日、この入り口の作業でスタックしてしまっている育成担当者とお会いしました。彼は、「将来の会社を担う人材を育成したい。そのためには背骨になる育成方針を作って、それに沿った研修やOJTの体制を築きたい。だが、社長は親会社からの天下りで、当社独自の経営理念の必要性を感じていない。だから、話が全く進まない」と仰るのです。更に「私が会社の理念を作って、それを経営トップに諮ったほうがいいのでしょうか」とまで思い悩んでいらっしゃいました。
これは本来育成担当者の仕事ではなく、会社の経営トップ、即ち社長やボードメンバーの仕事です。ボトムアップで出来る仕事ではなく、トップダウンでやらねばならないことです。先程の育成担当者の質問に対する回答は「いいえ、違います。むしろそのようなことをしてしまったら、経営トップの自由な発想が阻害されることになります。経営理念の重要性を改めてご認識頂くよう、確りとお伝え頂くことが必要です。」になります。
ですが、人材育成方針の明確化の為に必要な経営理念の重要性を感じていない経営トップの場合、いくら話をしても暖簾に腕押しになってしまうことがあります。そのような場合には、どうしたらいいでしょうか。
「危機感を煽ること」、これに尽きます。
人材育成担当者であれば、多くの社員とのコネクションがあると思います。それらを活用してみるのはいかがでしょうか。社員の育成課題に対して日頃から危機感や問題意識をもって取り組んでいる人材育成担当者だからこそ、社長や経営メンバーには見えにくい、現場の課題や問題点を正確に捉えているはずです。
情報のソースは、現社員に限りません。退職者も含みます。特に退職予定者や退職者は、前向きなキャリアを歩む目的で離職した方もいるでしょうが、少なくとも自社と他社を比較して、他社の方が良いと感じたから離職した訳です。自社の課題について、最も深刻に捉えたからこそ離職したとも換言できるでしょう。彼らから離職した理由を事細かく聞き、その情報を積み重ねていけば、必ず経営理念の欠如という問題に行きつくはずです。定性コメントも数が積み重なれば、「一部の社員の不満」では片づけられなくなります。
リストに纏め、共通項をあぶり出し、自社の課題として整理した上で、「これを解決しないと当社は衰退してしまいます。会社の成長の為にも、社長の力が必要です。」と訴えてみてください。それでもなお動こうとしないのであれば、他のボードメンバーを巻き込んで解決策を練りましょう。
経営理念が明らかになって初めて、人材育成方針の策定に着手できることになります。
最初に明らかにすべきなのは、「ありたい社員像」です。自社の経営理念を実現することが可能な社員像とは、どのような社員なのか。どのようなマインドを持ち、どのような知識、スキル、経験を備え、どのような価値を体現できる社員なのか、それを明らかにしていきます。
言い換えると、最初に「ゴール」を定めるということです。
言わずと知れたスティーブン・R.コヴィー博士著の「7つの習慣」では、第二の習慣に「目的を持って始める」という言葉が示されています。以前は「終わりを思い描くところから始める」と訳されていました。ここで言う「終わり」とは、人生で言えば「終焉」、死ぬ時です。自分が自身の人生を終えた時に、周囲からどのような人だったと言われたいかに思いを馳せる。言い換えれば、自分の人生の集大成はどのような姿になるのか、という「目標」を最初に見定めるということです。
これは、会社組織にも当てはまります。「目標」を定めるからこそ、それに必要なものが明らかになる。逆を言えば、目標を定めずに目の前の課題やタスクにだけ対応するような育成施策を実行した場合、直近の課題は解決できるかもしれませんが、長期的に実現したい「ありたい社員像」の実現に対しては、回り道になってしまっているケースもあるかもしれません。最悪の場合、間違ったゴールに向かって努力を重ねている、イコール望む姿は全く実現出来ていない、という状況にもなりかねません。
だからゴールを確り定める、イコール人材育成方針を明確化することが必要になるのです。
会社の方向性が明確になり、それに沿った人材育成方針が出来た。次に必要となるのは、課題の明確化と最重要課題の選定です。
既に人材育成方針の検討の中で、課題の大半は明らかになっていると思いますが、その中で最も重要且つ緊急度の高い課題は何かを明らかにします。会社が求める「あるべき社員像」と「現実の社員」の間に大きなギャップがあるのはどの課題か、その中で最も深刻な課題は何かを検討していくということです。
例えば、会社を取り巻く事業環境が激変する中、新しい事業領域の開拓が急務であるという会社組織の課題がある中で、社員には「新しい知見を取り入れ、変革を起こすことができる」ことを求めたいとします。しかし、従来のビジネスの手法やモデルに固執して売上・利益も頭打ち、新しい発想も全く出てこない、というのなら、既存社員の行動の裏付けとなっているパラダイム自体を変えていかなければならないかもしれません。(勿論、トップのメッセージが足りない、浸透していない、という問題も検討しなければなりません。)それに対して、何をどうするかを育成の観点から考えていく、ということになります。
いかがでしょうか。
今回ご紹介したプロセスの中で、もし貴社の人材育成の中で考慮してこなかった点があるようでしたら、一度そこに立ち返って、改めて人材育成の根本的な課題について再検討してみるのも一考に値するのではないかと存じます。
自動車部品商社勤務を経て、2002年2月よりマンパワー・ジャパン株式会社(現マンパワーグループ)にて、派遣社員のキャリアカウンセリング、面接トレーニング、転職支援に携わり、2008年より支店長として営業部門のマネジメントに従事。営業支援部門を経て、現在はキャリア開発を中心とした人材育成、組織人事コンサルティングに従事。
研修では、双方向のコミュニケーションを意識し、受講生に自ら発言して頂ける雰囲気づくりを得意とする。受講生のキャリアの棚卸のみならず、政治経済社会情勢がビジネス領域にどのような影響を与えるか、その環境変化の中で企業はどのように成長し続けているか、また社員に求められる期待役割は何かについて、受講生に気づきの機会を提供することに情熱を注いでいる。
「受講生が自らのありたい姿(キャリアゴール)を発見し、自信をもって前向きな第一歩を踏みせるように支援する」を自らのミッションステートメントとして、日々ファシリテーションの進化に努めている。