2023/12/18「定年で引退」は過去の話?ミドル・シニア世代がマルチステージのキャリアを充実させる方法
近年は一人ひとりの健康寿命が延びており、人生100年時代ともいわれるようになりました。充実した老後を過ごすには十分な資金が必要で、従来のように「定年退職したらすぐ引退」という働き方は一般的ではなくなりつつあります。そのため、「セカンドキャリア以降をどう過ごすべきか」と悩んでいるミドル・シニア世代の方も多いのではないでしょうか。そこでぜひ知っていただきたいのが、「マルチステージ」という考え方です。
今回は、人生100年時代における「マルチステージ」の働き方についてわかりやすく解説します。また、ミドル・シニア世代がマルチステージを生き抜くための指針や行動も紹介しますので、参考にしてみてください。
キャリアは「3ステージ」から「マルチステージ」へ
従来、人のキャリアは"3ステージ"で考えられていました。
具体的には、「教育(20歳前後まで)」→「勤労(60歳前後まで)」→「引退(定年退職)」という流れです。しかし、近年は健康寿命が延び、2007年に出生した子どもの半数が107歳まで到達する(※)ともいわれる時代になっています。資金的に余裕をもって人生の長い後半戦を過ごしたいと考えると、60歳前後で完全に仕事から引退してしまうのは難しくなっているともいえるでしょう。結果的に定年以降も現役として働き続ける人が増えているため、従来のように3つのキャリアステージでは捉えられなくなってきているのです。
そこで注目を集めているのが、「マルチステージ」の考え方です。
マルチステージとは、教育期間を経て社会に出たあと、企業に勤めるだけでなく、副業や起業、フリーランス、自分探し、学び直し、ボランティアなどの多様なステージを柔軟に並行し、積み重ねていくことをいいます。マルチステージは、イギリスの組織論学者であるリンダ・グラットン氏が、著書『LIFE SHIFT』のなかで提唱した概念です。マルチステージに移行すれば、人は積極的に複数のステージを経験し、スキルやノウハウを積み重ねながら、キャリアを充実させようとします。年齢とキャリアステージは、必ずしも一致しなくなるのが特徴です。人生100年時代といわれ、現役の期間が延びている近年にあっては、非常に重要な考え方といえるでしょう。
※参考:人生100年時代構想会議|内閣官房
キャリアのマルチステージ化が加速したのはなぜ?
近年は特に社会の変動が目まぐるしく、キャリアのマルチステージ化が加速している状況です。
本章では、キャリアのマルチステージ化が進んでいる背景について解説します。
(1)雇用の流動化 ~就社から就職へ~
日本では不安定な社会情勢に伴い、終身雇用制度が崩れつつあります。そのため、従来のように新卒一括採用で入社し、ジョブローテーションで複数部門を経験し、社内で少しずつ昇格を目指すというキャリアのあり方は変容しつつある状況です。また、日本企業のなかには、職務を固定して採用する「ジョブ型雇用」を導入するケースも増えてきました。ジョブ型雇用では、人材側がより良い待遇を求めて、転職・再就職を目指しやすいのが特徴です。こうして人材の流動化が進みつつあることも、キャリアのマルチステージ化が加速した一因といえます。
(2)テクノロジーの進化 ~新たなスキルの必要性~
近年は、あらゆる業界でDX(デジタル・トランスフォーメーション)が推進されている状況です。既存業務がITツールに代替されたり、デジタル技術で事業が進化したりしています。こうしたなか、人材に学び直しやリスキリングが促され、キャリアの選択肢が広がっているのも事実です。また、ChatGPTのような対話型AIツールが急速に進化し、「AIが仕事を奪うのではないか」という懸念も広がっています。こうしたテクノロジーの台頭も、人材に新しい職種への転換や働き方の変更を促し、キャリアのマルチステージ化を促進しているのです。
(3)コロナショック ~社外転進の増加~
近年は新型コロナウイルスの流行で、企業活動が停滞しました。それに伴い、さまざまな企業で業績悪化による整理解雇や希望退職の募集が行われています。企業のなかには、将来の変化に備えて、早期退職優遇制度のような恒常的な福利厚生を設けたケースも珍しくありません。このようなコロナショックは、人材にとって社外でのキャリアに目を向けるきっかけの出来事だったともいえるでしょう。実際、社外転進を機に個人事業主になったり、起業を成功させたりするミドル・シニア世代も多く、キャリアのマルチステージ化に拍車がかかっています。
※アフターコロナにおける転職市場について詳しく知りたい方は、『アフターコロナの転職市場はどう変化した?今人材に必要とされる"5つ"の必須能力』の記事もあわせてご覧ください。
マルチステージを充実させるための"3つ"の指針
ミドル・シニア世代がマルチステージの人生を充実させるには、何を意識すればいいのでしょうか。
本章では、マルチステージを迎えるにあたって心がけるべき3つの指針について解説します。
(1)キャリアのオーナーシップを自分で握る
従来のように「定年まで1社で勤め上げる」ことが当たり前ではなくなりつつある今、転職や再就職の機会はさらに増えてきます。その際に大切なのは、キャリアのオーナーシップ(当事者としての意識)を企業に委ねるのではなく、自分で握ることです。自分の好奇心や関心に素直に向き合い、「今後どのようにキャリアを重ねたいのか」「どのようなスキルを身につけたいのか」を常に考える必要があるでしょう。心の動くジャンルや働き方があれば、迷わずに行動してみる"思いきりの良さ"も、マルチステージを充実させるには重要といえます。
(2)変化を"好機"と捉える
現在はVUCA(ブーカ)時代といわれ、社会情勢の先読みが難しくなっています。いつどのような変化が起こるかは、誰にもわかりません。だからこそ、仕事内容や職場のルールに大きな変化が生じた際、心のブレーキを踏んで拒絶するのではなく、前向きに受容する姿勢が求められるでしょう。マルチステージの提唱者であるリンダ・グラットン氏も、柔軟に変化を受け入れるマインドとスキルを「変身資産」と呼んで重要視しています。特にミドル・シニア世代においては、早期退職や役職定年などの変化をチャンスと捉え、次の挑戦へ舵を切ることが重要です。
※VUCA時代について詳しく知りたい方は、『VUCA時代に求められる人材とは?予測困難な時代のキャリア形成に必要な"3つ"の行動』の記事もご覧ください。
(3)セルフブランディングの意識を持つ
マルチステージのキャリアでは、本業を複数並行する「パラレルワーク」が当たり前になり、社外にも活躍の場が広がっていきます。社外という広いフィールドで仕事を獲得し続けるには、セルフブランディングに取り組み、他の人材との差別化を図ることが不可欠です。
具体的には、「自分は何の専門家なのか」「自信を持って人に教えられる知識・スキルは何か」「どのような理由で顧客から頼られたいのか」などの観点から、自分の強みを見極めましょう。そのうえで、学び直しによって強みを強化したり、足りない知識を補ったりすることが大切です。自分というブランド力を高め続けることは、生涯学び続けるためのモチベーションにもつながります。
次のステージに向け、セカンドキャリアの今取り組むべきこと
マルチステージを充実させるためには、チャンスのきっかけとなる行動を早めに積み重ねておくことが大切です。本章では、ミドル・シニア世代がセカンドキャリアの今、次のステージに向けて取り組むべき行動を紹介します。
(1)自分の価値観と動機を知る
マルチステージでスムーズに次のキャリアを設計するためには、まず自分の興味・関心の方向性を知ることが大切です。例えば、「今までのキャリアでやり残したと感じていること」「子どものころに夢見ていたこと」などを洗い出してみましょう。自分のやりたいことに気づけば、進むべきキャリアの方向性も自然と見えてきます。
また、次のキャリアステージを決める際に重要なのが「キャリアアンカー」です。キャリアアンカーとは、仕事において大切にする価値観や動機のことをいいます。例えば、「専門性を発揮することに面白さを感じる」「社会貢献に携わることに喜びを感じる」「人をマネジメントすることにやりがいを感じる」など、人によってタイプはさまざまです。一度じっくり時間を設け、自分の心のコアを知ることで、選択肢を絞りやすくなるでしょう。
(2)学び直しに取り組む
変化の激しい時代では、最先端技術の台頭によってスキルが陳腐化してしまう可能性もあります。そのため、社会から必要とされているスキルの種類を見極め、リカレント教育やリスキリングなどの学び直しに取り組むことが重要です。この先の人生はまだ長いからこそ、セカンドキャリアで一度"素人"に戻っても決して遅いことはありません。専門性の高い人や知識の範囲が広い人は周囲から信頼されるため、仕事も任されやすくなります。
学び直しの手段としては、官公庁の運営する「セカンドキャリア研修」、人材研修会社の提供する「e-ラーニング」、大学が一般向けに開講している「オープンカレッジ」など、さまざまな種類があります。在職しながらでもオンラインで受講できる研修・スクールも多くあるため、自分のキャリアステージに合うものに取り組みましょう。
※学び直しの手法について詳しく知りたい方は、『学び直しは年齢を重ねるほど有利?結晶性知能を生かしたスキルアップの始め方』の記事もあわせてご覧ください。
(3)人脈形成の場に足を運ぶ
マルチステージの提唱者であるリンダ・グラットン氏いわく、友人や家族との良好な関係は、人に幸福感をもたらす「活力資産」です。そのため、いざというとき公私両面で相談に乗ってもらえるよう、普段から身近な人と信頼関係を築くことは肝心でしょう。孤独感が解消されれば、仕事に対する意欲も高まりより活動的になれます。
また、家族や友人以外との人脈を形成することも、マルチステージでは非常に重要です。同じ文化圏の人とだけ話していると、考え方に広がりが生まれず、キャリアが停滞する可能性もあります。人脈を広げれば、違う価値観の人から意外なアドバイスをもらえたり、新たな仕事のチャンスにつながったりすることも珍しくありません。普段から趣味のコミュニティやボランティア、社外研修など、人脈形成の場へ積極的に足を運ぶことも大切です。自宅でも職場でもない第三の場所「サードプレイス」が、キャリアをさらに充実させるきっかけになるでしょう。
(4)キャリアの相談相手を見つける
マルチステージのキャリアでは、ロールモデルが自分以外にいないため、方向性に迷うことも多々あると思います。その際に重要なのは、キャリアに関する相談相手を見つけておくことです。アメリカの心理学者ナンシー・シュロスバーグも、キャリアの転機を乗り越えるには「支援者」のリソースが欠かせないと述べています。
相談相手は転職市場やキャリア形成に詳しい必要があるため、転職エージェントや再就職支援会社、個人のキャリアコンサルタントなどが理想的です。こうした相談相手がいることで、自己分析やキャリアの棚卸し、選考対策、新しい就職先とのやり取りもスムーズになるため、より充実したキャリアを描けるようになるでしょう。
※ナンシー・シュロスバーグが提唱するキャリア形成理論については、『キャリア上の転機をどう乗り越える?「シュロスバーグの4Sモデル」の活用法とは』の記事をご覧ください。
キャリアのマルチステージ化は、人生を充実させる好機
キャリアのマルチステージ化によって、パラレルワークや副業、プロボノなど、新たな働き方が続々と生まれています。定年で引退だった「3ステージ」のキャリアと比べて、キャリアの選択肢が増えている時代ともいえるでしょう。キャリアのマルチステージ化は、人生のやり残しをなくし、人生を充実させる好機でもあるのです。
次のキャリアステージをスムーズに迎えるためには、セカンドキャリアの今、自分の動機や価値観を再確認することが大切です。やりたいことに忠実になって行動に移してみることが、成功への第一歩になるでしょう。